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こじらせ王太子と約束の姫君  作者: 栗須まり
第1部
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溺れるものは藁をも掴む

体の自由がきかない状態で猛スピードの馬車に揺られるこの状況は、レイリアにとって拷問でしかなかった。

馬車が苦手になってから、これ程長い時間馬車に揺られたのは初めてであり、加えてこのスピードと体の拘束はレイリアが記憶を失った時とあまりにも良く似ている。

遠くなっていく意識の底で、現れては消える母の死に顔は、レイリアの記憶にある母の顔とは違って、とても恐ろしく感じられた。


「ごめんなさいお母様‥ごめんなさい‥。私は‥お母様を‥‥蘇らせる事が出来なかった‥」


なぜ?

どうして出来なかったの?


母の目が開き、ジィッとレイリアを見つめながら、唇が言葉を紡ぐ。

どうしてと問いかけられても、レイリアには答えられる筈がなく、ただただ震えている事しか出来ない。


どうして出来なかったの?

知っている筈よ‥

何があったのか‥‥

思い出して‥


「ダメ!思い出せない!だってきっとそのせいで‥‥‥出来なかったのだから!」


それなら尚更思い出して‥

さあ、見てご覧なさい!

貴女がどうして出来なかったのかを‥


急に母の顔がボヤけて、広い野原が目の前に現れると、赤毛の男の子が横に座っていた。


「‥‥あ、あのさ、もしもう一度君に会えるとしたら、どうすれば会えるかな?」

男の子の青い瞳が、真剣にレイリアを見つめる。

いつもこの先は消えてしまうのに、私はこの先を知っている。

そう、この後私は‥‥


「分からないわ。だって滅多にこっちには来られないんだもの。でもそうね‥半年後ならお父様に頼めば来られるかもしれないわ!うん、頼んでみる!」

そうだ‥そう言ったんだ‥

少しはにかんだ笑顔を浮かべ、男の子はコクンと頷いた。

「絶対だよ!このまま君と会えなくなるなんて、僕は絶対嫌なんだ。君だけだよ、僕の間違いを指摘して、ありがとうという言葉の使い方を教えてくれたのは」

男の子はそう言ってギュッと抱きしめたのだわ。

私はドキドキして‥会ったばかりだというのに、離れたくないと思ったのだ。

「ねえ、君の事が好きになってしまったと言ったら、君は嫌かな?」

「い、嫌じゃないわ。私も貴方を大好きになったもの!怪我をしても我慢出来るなんて、貴方偉いわ!」

「君には情け無い所を見られてしまったね。でも元気になったら、今度は僕が君を守る番だ。僕は必ず君を守ると誓うよ。だから半年後にこの場所で、君に求婚させて欲しい」

「求婚?私と結婚したいっていう事?」

「うん。君に誠実でいたいから話を聞いてくれる?君に求婚したいなんて言っておいてなんだけど、僕には許嫁という形だけの婚約者が決められているんだ。でもそれは僕を守る為の口実で、実際には僕と従妹の許嫁の間には、結婚したい相手が現れたら直ちに解消するという取り決めがある。僕には少し複雑な事情があってね、僕自身が子供だからまだ守られなきゃいけないんだって」

「なんだかよく分からないけど、大変そうね」

「大変かもしれない。そんな所へ君を巻き込むべきじゃないんだろうね。でも僕は‥君と離れたくないんだ。僕の全てで君を守るから、僕の側にいて欲しい」

「私も貴方と離れたくないわ。でもまだ貴方の名前も聞いていなかったわね」

「そうだね。僕もまだ君の名前を知らない。あのね、僕の名前は‥」

「待って!半年後にここでお互いに言うの!それまで秘密にした方が、楽しみが出来るじゃない!」

「でもそれじゃあ君をなんて呼べばいいんだい?」

「えっと、私はリア。貴方は?」

「それじゃあ僕はエディと」


ああ、そうだあれは‥‥エディ‥!エディだったんだわ‥‥‥!!


エディは右耳のピアスを外して私の手に握らせると、こう言ったんだ。

「これは僕が君に求婚すると言った証だよ。忘れないで。僕は必ずここで君を待つと約束するからね」

「忘れないわ。エディは大事な人だもの。私も貴方に証を残すから目を瞑って」

私は‥‥大事だと、とても大事な人だと思った‥

だから必ずもう一度会えますようにと‥祈りを込めて十字にキスを刻んだのだわ‥

だって知らなかったの‥‥そうする事で‥お母様を蘇らせる事が出来なくなるなんて‥‥!!


思い出した‥?

何があったのかを‥

貴女がなぜ忘れてしまったのかを


突然暗闇に引き込まれ、小さな光の中に母の顔が浮かび上がる。


「‥ええ‥‥全て思い出したわ‥‥‥私はお母様に何も出来ず、罪悪感から‥幸せな記憶も‥大切な約束も‥全て蓋をして現実から逃げたの‥。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい‥‥」


『謝らずとも良い友人よ。これは全て過去の事。必要だったのだ。思い出すという事が』


光が大きく広がって母の顔は消え、男とも女とも言えない見た事がない程美しく、神々しい顔が浮かび上がった。


「貴方は‥‥誰?どうして必要だったの?」


美しく神々しいその顔は笑顔を浮かべ、目を開けていられない程眩しい光を放った。

レイリア自身も光に包まれ全てが光一色に染められると、光は段々と消えながら別の風景に形を変えていく。


「‥‥様、レイリア様‥しっかりなさって下さい!レイリア様!」

目の前にイネスの心配そうな顔が見えて、思わずガバッと起き上がった。

「イ、イネス、ここは‥‥」

キョロキョロと回りを見渡すと、見慣れない小さな部屋の中で、古ぼけたベッドの上に寝かされている。

「ああ本当に良かった!レイリア様は馬車の中で気を失われて、ずっとうなされていらっしゃったのです。ここはどうやらあの男達の隠れ家の様で、他に仲間が3人いました。あのルイという男がレイリア様をここまで運んで、ベッドへ寝かせたのです」

「‥‥そうだったのね。イネス、迷惑をかけてごめんなさいね。私はどのくらい気を失っていたのかしら?」

「農場を発ってすぐですから、およそ2時間程でしょうか」

「2時間も!という事はここが何処なのか分からないわね‥‥」

レイリアが落胆していると、か細い男の声が聞こえた。

「姫君、分からないという事はない。そこの可愛らしいお嬢さん、ここまでの景色は覚えているかな?」

よく見ると部屋の片隅に手を縛られたミゲルが座っており、声を抑えて話しかけてきたのだ。

「うわっ!そうだわ、なんで貴方があんな所に‥」

「シー!姫君声を抑えて下さい。私はムダに殴られたくないので。せっかく気絶したフリをしていたのに、私が殺されたらどうするんですか!」

「私を殺そうとした相手がどうなろうと、知った事ではないわ!と言ったらどうする?」

「わ、わ、私は姫君を殺そうとした訳ではないのです!本当です!それに今、私以外ここが何処なのか分かる人間はこの部屋の中にはいないのですよ?お願いします、何でも協力しますので、連中に私が目覚めた事を報せないで下さい!」

「貴方にはここが何処なのか分かると言うの?」

「もちろんです!伊達に荷運びであちこち引っ張り回され‥いえ、連れて行かれてはいませんよ。王都周辺地域なら、大体把握しています。とはいえ私も気絶していましたから、そこの可愛らしいお嬢さんから見た景色を聞かなければ判断できませんが」

「荷運び?貴方そんな事やっていたの?」

「フン!誰のせいだと‥いえ、それは置いといて、とにかく私は協力します。信じて下さい!なんせ命がかかっているので」


相変わらず胡散臭い男だわね。

でも今はこんな男でも信用するしかないのだわ。


レイリアは藁をも掴む気持ちで、ミゲルを協力者として認める事にした。

読んで頂いてありがとうございます。

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