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こじらせ王太子と約束の姫君  作者: 栗須まり
第1部
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早起きで損をする

空が白み始めて、東の山の間から太陽が顔を見せ始めた頃、フィーゴ農園の畑の脇を楽しげに歩く男がいる。


よしよし。

順調に根付いたな。

さすが私が苗を植えただけはある。

この苗と苗の間隔など完璧じゃないか。

ここに来てからそうじゃないかと思っていたが、やはり私には農夫としての才能があるな。


ミゲルは時折フンフンと鼻歌を口ずさみながら、早朝の散歩を楽しんでいた。

農園に来る前は朝が弱く、寝坊ばかりしていたミゲルだったが、毎朝屈強な農夫達に無理矢理早朝叩き起こされては、さすがにミゲルといえども従わざるを得なかった。

今では誰よりも早く起きて、早朝の散歩を楽しんでいる。


今日の朝食は何だろう?

早起きはいい。

こうして散歩を楽しめて、美味しい食事が食べられる。

私は心を入れ替えたのだ。

今の私なら聖人と並んでも、なんの遜色もないだろう。


ミゲルはうんうんと頷き、自己満足に浸っていた。

そうしていつものコースを回り終えたミゲルは、宿舎に戻り始めたのだが、農園に向かって進んで来る一台の馬車の姿に気が付いた。


なんだあの馬車は?

荷馬車なら分かるがこんな農道に辻馬車なんて、明らかに怪しいではないか?

まさか‥‥!私を狙ったマンソン一族の刺客なのか?

だとしたらマズい!

早くどこかに身を隠さねば!


そう考えたミゲルは、慌てて宿舎横の農機具小屋を目指して、全速力で駆け出した。

馬車はゆっくりと農園横の道を進むと、柵の横で停車した。

農機具小屋の壁板の隙間から覗いていたミゲルは、馬車の様子をドキドキしながら見守っていた。

御者席に座る男は、かなり疲れた様子で首を回したり欠伸を噛み殺したりしている。

暫くすると馬車のドアが開いて、中から男が降りて来た。

男は御者の男と何やら話し込んでいる。

すると馬車の窓を開ける女性らしき人影がチラリと見えた。

それを見たミゲルはホッと胸を撫で下ろして、警戒心を解き農機具小屋を出た。


なんだ女連れか。

大方駆け落ちでもして逃げて来たんだろう。

そうでなければこんな田舎に、辻馬車などが来る筈ないからな。

どれどれ聖人並みの優しい心を持った私が、食料と飲み物を恵んでやるか。


ミゲルは笑顔を浮かべながら、馬車の方へと歩いて行った。

御者席で話し込む男達は、馬車に向かって歩いて来るミゲルを見ると、急に表情を変えミゲルを睨み付ける。

男達の近くまで来ると、ミゲルは柵越しに話しかけた。

「いやいや、そう睨まなくても私はこの農園の農夫で怪しい者ではない。言わなくてもいい、駆け落ちして来たのだろう?洞察力に優れた私には分かっている。まあなんだ、君達の力になれればと思ってな。食料など都合して来ようか?」

「‥‥農夫の割には尊大な物言いだな。それに‥体つきも農夫らしくない。祖父の遺言で怪しくないと言う相手は、大抵怪しいと思えってのがあるんでね。あんたの事は信用しない」

「ハッハッハ!どうも私から滲み出る気品は隠しきれない様だ。いかにも私は元貴族で、農夫にはなりたてだ。いささか事情があってな。そっちもそうだろう?だから事情がある同士、力を貸そうと言っておるのだ。人の好意は素直に受け取った方が良いぞ」

「‥あんた、面倒臭い男だな。好意を受け取るまでは、どうしても引き下がるつもりはないらしい。だったらせいぜい利用させて貰うよ。食料と飲み物を用意してくれないか?」

「そうそう、私に任せておけば間違いない。女性にも飲み易い果実酒を用意しよう。おい、ところで駆け落ち相手は美人か?駆け落ちしてくるぐらいだ、相当な美人なんだろう?」

「あんたには関係ないだろう?余計な事は嗅ぎ回らない事だ」

「もったいぶるな。美人なら少しだけ見せてくれ。私は美人には目がないのだ」

ミゲルはそう言うと、柵を越えて馬車の中を覗き込んだ。


馬車の中では、見覚えのあるピンク色の髪の女性が、ミゲルを見て目を丸くしている。

驚きの余りお互いに、思わず「あっ!」と声を上げた。

「バ、バルコスの姫君!!」

ミゲルが叫んだ瞬間、ガツンとこめかみを殴られた。

目の前の映像がボヤけてフラフラと馬車にしがみ付くミゲルに、男は音も無く近付き耳元で囁いた。

「嗅ぎ回るなと言っただろう?全く、面倒な男だな。お陰であんたまで連れて行かなければならなくなった」

ゾクリと背筋が寒くなって思わず馬車から手を離すと、首の後ろに痛みが走りミゲルは意識を失った。

「おいリカルド、こんな奴殺して捨てて行けばいいじゃネェか。何でわざわざ乗せて行くんだ?1人増えればそれだけ重さで速度が落ちる!」

「ここに死体が転がっていたらマズイからだ。国境を越えるまでは、余計な殺生で足が付くのを避けたい。全くこいつのお陰でとんだ時間の無駄遣いをした。ルイ、約束通り運転を代わる。お前はしっかり見張っていろよ!」

「おう!」

ルイはミゲルを車内に運び込むと、足元の床に寝かせドッカリと座席に腰を下ろした。

「ふー!これでちったぁ休めラァ。お嬢さん方、静かにしていてくれよ!俺はリカルドより気が短い」

レイリア達はコクコクと無言で頷き、足元に転がるミゲルを見ていた。


ルイが大欠伸をして目を閉じると、馬車はガタンと車内を揺らし、スピードを上げて走り出した。

「おいおい、俺には静かに走れって言っといて、なんだよこのスピードは!」

ルイは御者席のリカルドに向かって文句を言う。

「その男のせいで遅れたんだから仕方がない。まあ、最初の隠れ家までもう少しだ。少しくらい我慢しろ!」

リカルドは容赦無く馬にムチをくれて、グングンスピードを上げた。

イネスは座席にしがみ付いて堪えているが、縛られたままのレイリアはそうはいかない。

揺れに任せて体は跳ね、あちこちぶつけて鈍い痛みが走る。

そうやって揺られて走っている内に、レイリアの意識も段々と遠くなっていった‥‥

読んで頂いてありがとうございます。

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