メッセージ
イザベラに呼ばれてやって来たエンリケとルイスは、ジョアンから事情を聞いてすぐ作戦会議を開いた。
しかし、まだ存在を公表していないエドゥアルドは、会議に参加する事を許されず、一旦エルナン翼へ戻されてしまった。
「‥‥エドゥアルド、気持ちは分かるけど今はこうするしかないの。ごめんなさい、こんな事になったのも私がレイリアを1人にしたせいだわ‥‥。本当に‥‥悔やんでも‥悔やみきれない‥‥」
イザベラは涙を堪えながらエドゥアルドに言った。
「‥元はといえば私のせいだ。それなのに私は‥無力だな‥‥リアの為に何もしてやる事が出来ないのだから。何者でもない自分の立場が、歯痒くて仕方がない!」
エドゥアルドは拳で壁を殴り、言い様のない怒りを壁にぶつけた。
イザベラはビクッと体を震わせ、驚きの表情を浮かべている。
「長い付き合いだけど、貴方がこんなに怒りを露わにしたのを見るのは初めてだわ。私は軽率な言葉を口にしたわね。"気持ちは分かる"なんて、慰めの常套句でしかないもの。でもね、私もレイリアの為に何もしてあげられないのよ。馬だって乗馬程度だし、レイリアみたいに武術を習った訳でもない。作戦会議にも参加させて貰えないし、ただ大人しく待つ事しか出来ない」
「君は令嬢なのだから仕方がないじゃないか。でも私は‥‥大切な人一人救いに行く事すら叶わないんだ!分かっている、今公表すべきでない事はね。分かってはいるが‥‥‥何だこれは‥‥?」
エドゥアルドの目の前に、急にキラキラと光る文字が浮かび上がった。
「王都の外、麦畑、馬車に乗せられている。4人、男2人‥と、書いてある。これは‥‥もしかして、リアからのメッセージか?イザベラ、悪いがすぐドミニク殿を呼んで来てくれ!ドミニク殿ならこれが妖精による物かどうか分かる筈だ!」
イザベラは頷くとドミニクを呼びに走った。
ドミニクはイザベラから事情を聞くと、すぐエルナン翼へ駆け付けた。
イザベラは息を切らせながら、ドミニクより遅れて手に何かを持って入って来た。
「これは‥!間違いない、レイリアが妖精に言伝を頼んだのです。こんな事はレイリアにしか出来ません!王都の外の麦畑を馬車で走っているという事か。しかし‥4人とはどういう事だ?内2人はあの2人組の男達だとして、レイリアの他にもう1人いるという事か?」
「何にせよリアが報せてくれたのだ。直ちに向かうべきだろう!頼むドミニク殿、私も一緒に救出に向かわせてくれないか?こんな所でジッと待ってなどいられない!」
「‥‥ジョアン殿下の許可が出たら‥と言いたい所ですが、レイリアからのメッセージが貴方の元へ届く以上、貴方を連れて行かざるを得ないでしょうね。少し待っていて下さい」
ドミニクはそう言い終わると、エルナン翼から飛び出して行った。
ジョアンの執務室では作戦会議が開かれていた。
大きめの机が用意され、その上には地図が広げられている。
エンリケとジョアンはそれぞれルートで意見が違い揉めている所を、ルイスが仲裁に入って止めていた。
一同は戻って来たドミニクを見ると、それぞれの意見に同意を求める。
ドミニクはそれを静止して、レイリアからのメッセージについて話し始めた。
「麦畑ですと?王都から麦畑のある方向で、馬車が通れる広さの道となると、エストリルの農村地帯しか考えられません!」
エンリケは地図の上の道を指差して説明した。
「エストリルを通って行くとなると、フィーゴ農園に突き当たるな。連中目立たない場所を選んで進んでいる訳か。フィーゴ農園辺りは周りに何もないし、今は特に出入りを規制している。よし!直ちに兵を向かわせよう!」
「僕も行きます!いえ、行かせて下さい!レイリアは大切な従妹ですし、腕には自信があります!」
「ルイス殿が行くならシモンを護衛に着けよう。ドミニク殿、異論はないな?」
「ええ。私はルイスと一緒に向かいます。それから殿下に許可を頂きたいのですが、第3小隊で訓練を受けさせていた私の従者2人の他に、もう1人赤毛の従者を連れて行く事をお許し願いたい」
「赤毛の‥‥従者だと‥?」
「はい。赤毛の従者です。レイリアのメッセージはこの者の元へ届くのです」
ジョアンは眉間に皺を寄せて考えている。
するとルイスが不思議そうに言った。
「兄さん、赤毛の従者には妖精が見えるのですか?レイリアが言ってましたよ、妖精は頭に浮かべた人の所より、見える人の所に優先的に現れるって。だとしたらその赤毛の従者は連れて行くべきでしょう」
「‥‥まあ、そうなんだが‥殿下、少しだけ一緒に来て貰えますか?」
ドミニクがそう言うとジョアンは頷き、エンリケに断ってから席を外した。
「兄上!ドミニク殿に聞いたが、行くつもりなのか?」
ジョアンは扉を開けて早々に畳み掛けた。
「我儘を言ってすまないジョアン。でも頼むから行かせてくれないか?私がレイリアの為に出来る事は、今は他に無いのだから」
「‥だとしても、私は兄上を行かせたくない。兄上に何かあったら、私はどうすれば良いのだ?」
「私は何があっても必ずレイリアを守る。‥‥そう誓ったのだ。実際にはお前に守られてばかりだったがね。だからもし私に何かあったら‥‥レイリアの事はお前に任せる。まあ、そう簡単にくたばる気は無いのだけどね」
「‥‥そうやって、貴方はいつも私に譲ろうとするんだ‥。でも私は受け取る気は無い!だから兄上、約束して下さい。必ずレイリアを連れて無事に戻ると!」
「大丈夫だよジョアン。ドミニク殿も一緒だし、私にはまだ囮の役割があるからね。私の我儘を聞いてくれてありがとう。大好きだよジョアン」
「兄上、もう一回言って下さい!最後のくだりだけ」
「何度でも言おう。大好きだジョアン。不甲斐ない私を慈しんでくれてありがとう」
「兄上!私も兄上が大好きだ!!」
ジョアンがエドゥアルドに抱きつこうとすると、イザベラが口を挟んだ。
「あーコホン、お取込み中悪いんだけど、エドゥアルド、貴方に渡したい物があるの。本当はレイリアが直接渡すつもりだったのだけど、こんな事になってしまったから、私が代わりに。レイリアが市場で買った、貴方へのお土産よ」
イザベラは持っていた紙袋を開けて、中から綺麗に包装された包みを取り出すと、エドゥアルドに渡した。
「何が入っているかは私にも分からないけど、レイリアが一人で一生懸命選んだ物よ。大切にしてあげて」
ドミニクは"レイリアが一人で選んだ"と聞いてギョッとしたが、エドゥアルドが包みを開けるとホッと息を吐いた。
包みの中には犬の形をしたシルバーのペンダントが入っていたのだ。
「犬か‥。レイリアにしてはまともだが、なぜ犬なんて選んだのだろう?」
ドミニクが不思議そうに呟くと、エドゥアルドが説明をしてくれた。
「古くからオセアノでは、犬は守り神として信仰されているのだよ。特に病気の人間には、病を追い払うという意味を込めて、犬の形の物を贈る事が多いのだ。そしてシルバーは厄除けの意味もある。レイリアは私の病を気遣って、お守りを買って来てくれたのだろう」
エドゥアルドは嬉しそうにそう言うと、早速ペンダントを首から下げた。
「私にはマッチョで、兄上にはペンダントか‥‥」
ジョアンがボソッと呟くと、ドミニクは執務室の机の上に、妙に存在感のある置物が置いてあった事を思い出して笑いを堪えた。
それからすぐにドミニクとエドゥアルドは支度を整えて、ルイスやシモン、第1小隊と共にレイリアの救出に向かった。
後に残されたイザベラとジョアンは、不安な気持ちを拭い去る為心の中で祈り続けた。