旅は道連れ
痛い‥‥
お腹と首の後ろが痛いわ‥。
それに、このベッドは狭いし寝心地が悪い。
何だかガタガタと揺れているみたいだし‥‥
レイリアはそんな事を考えてからハッとした。
そうだわ!私はミドラスの男達に捕まったんだわ!
慌てて起き上がろうとしたら、身動きが出来ず、声を上げようとしても口元に布が食い込み、唸る様な声しか出せなかった。
レイリアは手足を縛られ、猿轡をかまされていたのだ。
寝かされていたのは長方形の座席で、どうやら馬車に乗せられているらしい。
「うう‥うー!」
「おや、もうお目覚めですか姫君。もう少しゆっくり寝ていても構いませんよ。先は長いのでね」
レイリアの寝かされている向い側の座席に座ったリカルドが、ニヤリとしながらそう言った。
レイリアはジタバタともがいて、手足を縛っている縄を緩めようとしたがびくともしない。
「抵抗しようとしても無駄ですよ。武術を習っていたならお分かりでしょう?我々と姫君とじゃ実力が違い過ぎる。それに、この娘がどうなっても構わないのですか?」
そう言われてリカルドの横を見たら、青ざめた顔の少女が1人座っていた。
柔らかそうな栗色の髪は乱れ、茶色い瞳には涙が浮かんでいる。
レイリアと同じか少し下くらいの年齢の、目のぱっちりした可愛らしい少女だ。
少女の首にはナイフが押し当てられていた。
「我々だけでは姫君の身の回りのお世話に不都合が生じますからね。王宮からついでに攫って来たんですよ」
リカルドはクスクスと笑いながら、楽しそうに少女に押し当てたナイフを眺めている。
なんて悪趣味な!
人殺しなんて何とも思わない人種なんだわ。
それにしても無関係なのに攫われたなんて‥‥
これも全部私のせいね。
今頃は皆心配しているんじゃないかしら。
ああ、何だかもう、本当に私って浅はかでごめんなさい!
「もう少しで王都を抜けます。そうしたらその猿轡だけ外して差し上げましょう。当分は田舎道を行きますから、叫んでも誰も来ませんよ。残念ですねぇ姫君」
レイリアはリカルドをキッ!と睨んだ。
それを見てまた楽しそうにリカルドは笑う。
この男に抵抗は逆効果だわ。
今は様子を伺うしかないのね。
暫く大人しくしたら、逃げ出す作戦を考えて‥‥
ガタン!と急に激しく車内が揺れて、レイリアの体は浮き上がった。
体のあちこちを打って、また元の位置にドスンと戻る。
「ルイ、運転に気を付けろ!こっちにはご婦人が乗っているんだ」
リカルドが御者席に座るルイを怒鳴り付けた。
「んな事言ってもこんな夜道に見えるかよ!」
「仕方ない、ゆっくり走れ」
「へーへー分かりましたよ。時間かかったって俺のせいじゃネェからな!」
ルイは言われた通りスピードを抑えた様で、馬車はゆっくりと走り出した。
レイリアはさっきの揺れでドキドキしながら、嫌な事に気が付いてしまった。
よりによって、馬車に乗せられているのだ。
どうしよう!
逃げ出すどころか意識さえ保てるかどうか分からないわ。
他の事に集中して、何とかしっかりしなきゃ!
無意識のうちにリカルドの横の少女を見ると、茶色い瞳と目が合った。
少女は不安げにレイリアを見つめている。
レイリアも真っ直ぐ少女を見つめ、時折瞬きをしては馬車から意識を逸らした。
それでも暫くするとガタガタと揺れる座席の振動で、段々気が遠くなって来る。
少女はレイリアの様子に気付いた様で、隣のリカルドに話しかけた。
「あの、まだ猿轡を取れないのですか?この方が苦しそうなんですが‥‥。それに、何だかさっきよりグッタリしているみたいです。一度止めては頂けませんか?」
「確かに、呼吸が荒い様だな。一応王都は抜けたし、猿轡は外してみるか。姫君、弱った振りをしても無駄ですからね」
リカルドは渋々レイリアの猿轡を外した。
やっと言葉を発する事が出来る様になったレイリアは、リカルドに向かって弱々しく囁いた。
「‥お願い‥‥馬車を‥止めて‥‥」
尋常じゃないレイリアの様子を見て、リカルドはチッ!と舌打ちをした。
「おいルイ!周りに気を付けて一旦止めろ!」
「あー‥周りね。何にもネェよ麦畑の真ん中だ。止めて遅れても俺のせいじゃネェからな」
「仕方がない。姫君に死なれちゃ元も子もない。姫君、少しだけですよ。間違っても逃げようなどと考えない事だ。貴女が逃げればこの娘が命を落とす事になる」
レイリアは返事をする代わりに目を閉じながら頷いた。
馬車が止まるとリカルドはレイリアに念を押して一旦外へ出ると、ルイの所へ向かった。
御者席からはボソボソと話し声が聞こえる。
少女はリカルドが出て行くと、すぐレイリアの頭の下に手を入れて抱き起こしてくれた。
「大丈夫ですか?バルコスの姫君ですよね?」
「‥‥ありがとう。私‥馬車が苦手なの。私の事を知っているのね。貴女は巻き込まれてしまったみたいだけど、私のせいだわごめんなさい‥」
「いいえ、私が彼等と偶然出くわしてしまったのです。実は王宮には行儀見習いで昨日到着したばかりでして、まだ日が浅い為迷ってしまって。申し遅れましたが、私はカストロ子爵の娘イネスと申します」
「イネス‥貴女にぴったりな可愛い名前だわ。ねえイネス、少し窓を開けてくれる?あのリカルドって男が戻る前に、やっておきたい事があるの」
イネスは頷き、言われた通りすぐに窓を開けた。
レイリアは開いた窓に向かって話し始める。
「お願い出て来て。言伝を頼みたいの」
小さな光の玉が窓の外から車内に入って来た。
イネスには見えないらしく、キョトンとした顔でレイリアを見つめている。
やっぱり少ないわね。
オセアノには妖精があまりいないのだわ。
レイリアはオセアノに入ってから何度となく妖精を呼んでみた。
ところがオセアノでは屋外の緑が多い場所以外では、呼んでも妖精は現れないのだ。
王宮では中庭以外で妖精に出会える事はなかった。
「王都の外、麦畑、馬車に乗せられている。4人、男2人。私の頭の中の人に届けて」
レイリアは王宮とドミニクを思い浮かべた。
すると光の玉は、レイリアの周りを一周してからパッと消えた。
「ありがとうイネス。多分この先も馬車で進むと思うけど、私が気絶しそうになっても気にしないで。そのかわり、うんと大騒ぎして馬車を止めて、今みたいに窓を開けて欲しいの。助けを呼ぶ為だから、私を信じてやってくれる?」
「はい。姫君を信じます」
「私の事はレイリアと。頼んだわイネス。私が何かやっても疑われるだけだから、貴女がいてくれて助かったわ」
イネスは少し照れながら笑顔を見せた。
うわぁ‥可愛いわイネスって。
何だか小動物みたいな可愛いさがあるわね。
それに、しっかりしていて頼りになる。
こうやって時間を稼いで助けを待つしか、今は方法がないのだから。
どうかお兄様が気付いてくれますように!
レイリアが心の中で祈っていると、リカルドが戻って来た。
「さて、休憩は終わりです。出発しますよ姫君。先は長いですからね。ルイ、さっき言った通り農園ルートで行くぞ!時間はかかるが仕方がない」
「分かったよ。後で交代してくれよな!俺だって少しは休みテェ」
「ああ。農園に着いたら交代だ」
リカルドがそう言い終わると、また馬車は走り出した。
レイリアは男達の会話をしっかり聞いて、自分達の居場所を報せるヒントを聞き逃さない様集中した。
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