落ち着いてなどいられない
ジョアンは10項目を出した理由と、マンソンを排除しようとしている事、一族の不正の証拠集めの為、シモンやルイスに動いて貰っている事を話した。
続いてドミニクがジョアンにもレイリアの秘密を話して聞かせると、ジョアンはかなり憔悴しきった顔をして項垂れた。
エドゥアルドはジョアンの頭をクシャクシャっと撫でて、背中をポンポンと叩きながら言った。
「お前が私を大切に思ってくれる様に、私だってお前が大切なんだよ。だからどうか失脚などという考えを捨ててくれないか?お前が今までどれだけ努力してきたのかも知っているし、私にもお前の為に出来る事は、何かある筈なのだから」
「母も私も‥兄上から奪うだけ奪ってきた。だから兄上に奪った物を返すのは、当然の事でしょう?そして何より、私の気が済まないのだ兄上」
黙って聞いていたイザベラだったが、これには口を挟んだ。
「ポンバル家の者として言えば、エドゥアルドが元の身分に戻るのはそれこそ長年の望み通りの展開だけど、だからといってジョアンに失脚して欲しいなどとは思っていないわ。お願いだからそんな風に思い詰めないでジョアン」
ジョアンは首を振り
「私はマンソンと共に失脚すると決めた。そうするのが一番いい」
とはっきり言った。
すると、口元に手を当てて考え込んでいたドミニクが口を開いた。
「そうですねぇ‥ジョアン殿下には一度王太子の座を退いて貰いましょうか。そしてエドゥアルド殿には立太子して表舞台に立って貰う。その上でマンソンをおびき出しましょう」
「え?それはどういう事なのですかドミニク様?ジョアンの失脚を勧めると仰るの?」
「いや、ジョアン殿下にはただの王子になって貰うんだよ。そしてエドゥアルド王太子が出てくる。そうなると都合が悪いのは誰だい?」
「マンソンだねドミニク殿。だが私は王太子にはなれないよ。父上は絶対に許さないだろう」
「それはエドゥアルド殿が病んでいたという事と、マンソンに狙われる可能性があるという事が陛下の不安要素となっていたからでしょう。治る見込みが立ち、レイリアの力を受けて蘇ったと知った今ならどうでしょう?何より僕は陛下を説得する自信と話す権利がある」
「いや、やめてくれドミニク殿!貴方は兄上を囮に使うつもりなのか?そんな事私は絶対に許さない!」
ジョアンは立ち上がってドミニクの前に立ちはだかった。
ドミニクは全く動じず、冷静に話を続ける。
「囮は必要です。それもマンソンにとって一番都合の悪い相手がね。その点では、エドゥアルド殿は囮としてうってつけだ。エドゥアルド殿はマンソンの薬を使われた生き証人です。生きていたというだけでもかなり焦るでしょう。となると大胆な行動をしてくるのも時間の問題。また、確実に行われたか自分の目で確かめようとするのが、犯罪者の心理だ。そこを狙わずして我々に勝機はない。いくら証拠を集めても、現行犯でないとマンソンはいくらでも逃げ道を作るでしょうからね」
エドゥアルドはジョアンの肩に手を置いて頷いた。
「ジョアン、私は喜んで囮になるよ。私にも出来る事がしたいんだ。どうか反対はしないでくれ。私にはお前という心強い味方がいるんだ。それにドミニク殿もいる。大丈夫、心配いらないよ」
「いや、でも兄上‥万が一何かあったら‥!」
「大丈夫。だからもう、一人で悩まないでくれ。お前が失脚などしたら、私は一生悔やみ続ける」
「兄上‥‥」
「やる事は決まった。だから父上が戻ったらすぐ行動を起こそう。‥‥‥ああ、レイリアを大分待たせてしまったな。レイリアにも説明しなければならない」
「全員で行きましょう。ジョアン殿下、全員ならエドゥアルド殿も目立たないでしょう?」
「‥‥許可せざるを得ないな。私は兄上を守ったつもりで自由すら奪っていたのだから」
「またお前はそう暗く考えて。悪い癖だよジョアン」
「兄上私はネクランなのだ」
「ネクラン?」
「後でレイリアに聞いてくれ」
「何だかよく分からないが、あまりいい意味ではないようだね。ネクランでも可愛い弟には変わりないよ」
「兄上!やっぱり私は兄上が大好きだ!」
ジョアンはエドゥアルドの腕にしがみついた。
それを見てイザベラはウンザリした顔でドミニクに言う。
「見てお分かりでしょうけど、ジョアンは超の付くブラコンなんです。レイリアとはまた少しタイプが違い、もう溺愛といったレベルで、時々見てて気持ちが悪くなるのです。子供の頃など私が近くにいるだけで牽制されていましたからね」
「それは‥‥レイリアも大変だな」
ドミニクは呟きながらクスクスと笑った。
それから4人はホアキン翼へやって来た。
ホアキン翼にはなぜか女官の姿も、護衛騎士の姿も見られない。
警備兵もいる筈の場所に姿が無く、シンと静まり返っている。
「変ね。いつもなら誰かしらと遭遇する筈なんだけど。まあ、エドゥアルドを連れて歩くには好都合だわ」
イザベラはそう言ったが、さっきからエドゥアルドは胸騒ぎを覚えて落ち着かなかった。
以前レイリアに"祝福のお裾分け"と言ってキスして貰った所が妙に熱を帯びているのだ。
『貴方に何かあったら妖精が知らせてくれる』というレイリアの言葉が頭に浮かんでくる。
それは逆の立場でも言えるのではないか?
残念ながらここにいる誰も妖精を見る事は出来ないので、確認のしようがないのだが‥
エドゥアルドは不安な気持ちを払拭しようと、レイリアがいる筈の部屋へ向かって走り出した。
「兄上?急にどうしたのだ?」
キョトンとするジョアンに、ドミニクは問いかけた。
「殿下、ここはいつもこんなに人がいないのですか?これではやりたい放題ですが?」
「いや、普段人は多い方だ。確かに今日はおかしい」
すると、部屋を開けたエドゥアルドが叫んだ。
「レイリアがいない!!」
「「「えっ!!!?」」」
全員は駆け出して部屋へ入った。
「メモが置いてあって、ルイス‥とは従兄殿の事か?とにかくそのルイスが怪我をしたから行って来ると書いてある」
「ルイス殿が怪我?まさか!それならエンリケが私に連絡してくる筈だ。ルイス殿はシモンとエンリケと共に、財務部の過去の帳簿からマンソンへの不正流出を調べている最中なのだから」
ドミニクはサッと部屋から駆け出して、ホアキン翼を片っ端から調べ始めた。
すると4部屋目の暖炉の脇に、女官達がまとめて気絶したまま縛られており、更に2部屋先のホールの柱には、やはり気絶したままの護衛騎士と警備兵が縛られていた。
「やられた!!」
ドミニクは眉間に皺を寄せて唇を噛み、柱を殴り付けた。
駆け付けたエドゥアルドは、真っ青になって走り出す。
「どこへ行くのだ兄上!」
ジョアンが腕を掴み行く手を阻んだ。
「リアを‥リアを探しに行かねば!探しに行かねばならないのだ!!」
「ダメだ!!何の手がかりもなく、闇雲に行っても見付かりっこない!兄上、少し落ち着いてくれ!」
「これが落ち着いていられるものか!!頼む、離してくれジョアン!!リアを探しに行かせてくれ!!」
「エドゥアルド殿、ジョアン殿下の言う通りだ。僕の予想が正しければ、相手はミドラスから来た連中という事になる。ただ闇雲に行っても見付かる筈がない。あの2人組なら来るまでに帰りのルートも調べている筈ですからね。ミドラスめ‥‥!まさかこんな大胆な手口でレイリアを攫って行くとは‥‥!!」
「わ、私近衛を呼んできますわ!それからエンリケ様やルイス様も!」
「ああ、頼むイザベラ。兄上、お願いだから落ち着いてくれ」
「‥‥リア‥私が待てと言ったからだ。私のせいだ。リアに何かあったら‥いや、既に何かが起きているのだ!リアの施した祝福の印が熱いのだから!」
エドゥアルドは震える手で拳を握りしめた。
ジョアンはその手を摩り、ドミニクは冷静さを失わない様腕を組んで、近衛の到着を待つしかなかった‥‥
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