お気遣いなく
エドゥアルドは、自分の中に湧き上がるこの感情の正体に見当がついていた。
これは嫉妬だ。
認めたくないが、認めざるを得ないだろう。
自分が本来独占欲の強い性格である事は分かっている。
だがそれはレイリアに対してだけなのだ。
レイリアだけは誰にも渡したくない。
でも今の自分の立場ではどうする事も出来ない。
と、するとやはり‥‥
「そういえばエドゥアルド殿、昨夜は暗かったせいかあまり良く分かりませんでしたが、顔色が良く大分調子もいい様ですね」
ドミニクに言われハッと我に返ったエドゥアルドは、慌てて返事をする。
「あ、ああ、そうなのだよ。解毒剤の効果か体が軽く感じる。ただ一つ難を言えば、服用後1時間は激しい吐き気と嘔吐に苦しむ事かな。これも毒を体外に出す為だと思えば、仕方のない事なのだが」
「激しい吐き気と嘔吐って‥一番嫌なやつじゃない!私には耐えられないわ‥」
イザベラは露骨にうんざりした顔をした。
「イザベラ、私にとってはこれくらいでこの苦しみから抜け出せるなら、何でも無い事なのだよ。早く体を治して、レイリアの前に堂々と立ちたい。だからこんな事はいくらでも耐えられる」
ドミニクはエドゥアルドの言葉を聞いて、満足気に微笑んだ。
イザベラはそれを見て、太陽を直視した時の様に目を細める。
ま、眩しい!
でも今日はポエムなんて作れないわ。
だって真横に座ったせいで、それどころじゃないんですもの。
トキメキを通り越してドキドキしっぱなしなんですもの。
本当に、なんで横に座っちゃったかなぁ私。
「エドゥアルド殿、どうやら貴方は覚悟を決めた様だ。僕としても、早くレイリアの前に出て貰いたいと思います。あと一つ気になっている事があるので、出来れば万全の体制でレイリアを守りたいのです」
「ドミニク殿、その気になっている事とは?」
「王宮へ来る途中、怪しい2人組を見かけました。その2人の話し方というか、アクセントに違和感を覚え、そして思い出したのです。ミドラスの砦で聞いた事があるという事を。オセアノには既にミドラスから侵入者が入り込んでいます。多分、タイミングを考えると、狙いはレイリアではないかと‥」
「「なんだって(ですって)!!」」
「エンリケ殿には報告済みですが、探し出すのはかなり困難ではないかと思います。ですから、万全の体制を整えたいのです。イザベラ嬢、出来るだけレイリアの側にいて貰えないだろうか?」
「ええ、それはもちろんですわ。エドゥアルドの代わりに、くっついて離れません!」
「人を接着剤みたいに言うな。くっついては余計だ。離れるつもりはないがな」
「あら、近くにいたらくっつきたくなるのではなくて?」
「否定はしない。人の事より自分はどうだ?いつものどストライク発言や、抱きつき癖も眩しさに当てられてなりを潜めている様だが?」
「バ、バカな事言ってないで養生しなさいよ。私の事は放っておいて!」
2人のやり取りにドミニクはクスクスと笑いだした。
「お2人は気心の知れた仲なのですね。私にはそういう間柄の相手がいないから、遠慮なく話すお2人を見ると羨ましく思いますよ」
「見苦しい所を見せてすまんなドミニク殿。イザベラは特に遠慮がないのだよ。ドミニク殿の前だから、これでもいくらか猫を被っているのだがね。そこは女心だから、分かってやって欲しい」
「ドミニク様、エドゥアルドの言う事を真に受けないで下さい。私が行き遅れの傷物扱いをされているのを気に病んで、余計な気を回しているだけなのです」
「行き遅れの傷物?貴女の様な聡明で美しい方がなぜそんな目に?」
「そ、そんな褒め言葉はいりませんわ。私が以前エドゥアルドの許嫁であった事から、私と縁を結ぶと縁起が悪いと噂を流されましたの。疫病神だとか何とか」
「誰がその様な心無い噂を?」
「マンソンだよドミニク殿。イザベラも私もポンバルの血を引く者だ。ポンバルはマンソンにとって排除すべき相手だからね。私が死んだのをいい事に、ある事無い事言いふらして、イザベラは婚期を逃してしまったのだ」
「マンソン‥ですか。エドゥアルド殿、ジョアン殿下に会ったらマンソンの事も聞いてみて貰えませんか?殿下はマンソンを秘密裏に葬り去ろうとしている様なのです」
「‥どういう事だ?もしや薬と関係があるのだろうか?」
「ジョアン殿下の考えは僕には理解出来ません。やはり兄上であるエドゥアルド殿が聞き出すのが一番いいでしょう」
「‥私でも口を割るかどうか‥。マンソンを侮ってはいけないというのに」
ふいに2人の会話にイザベラが割り込んだ。
「ごめんなさい、まだ話は終わっていないけど、そろそろ警備兵の来る時間だわ。私達はここを離れないと!」
「もうそんな時間か。ドミニク殿、色々話してくれてありがとう。また後日イザベラを通じて連絡するよ」
「僕の方でも何か分かったら連絡します。くれぐれも無理せず治して下さい」
「エドゥアルド、また来るわね。さあ、ドミニク様急ぎましょう」
ドミニクとイザベラは戸口までエドゥアルドに送られて、急いでエルナン翼からホアキン翼へ戻った。
「間一髪と言った所ですわね。良かったわ見付からなくて」
「すまないイザベラ嬢。貴女には世話になりっぱなしだね。貴女を危険な目に合わせたくないのに、そう出来ないこの状況が歯痒いよ」
「私ならお気遣いなく。今更どうって事ありませんわ」
「僕が気遣うのは迷惑かな?貴女に気遣うなと言われる度に突き放された気持ちになる」
「そ、そんなつもりは‥‥いえ、それでいいのです。私と一緒にいるとドミニク様の評判が悪くなりますので。さあ、今日はもうお戻り下さい」
イザベラはキュッと口を結んで、きっぱりと言い切った。
ドミニクは困った顔をしたが、突然イザベラの右手を取ると、手の甲にキスを落とした。
驚いて固まるイザベラに、ドミニクは微笑みながら
「おやすみイザベラ嬢」
と言ってホアキン翼を去って行く。
ドミニクの姿がすっかり見えなくなると、イザベラはその場にヘナヘナと膝から崩れ落ちた。
どうしてこんな事を?
天然にしても程があるわ。
天然記念物並の天然よ‥‥
熱くなった顔の熱が冷めるまで、イザベラはその場から動けなかった。
読んで頂いてありがとうございます。