意外な顔ぶれ
エルナン翼の入り口には2人警備兵が立っていた。
そこでドミニクは障害となるこの2人に近寄り、親しげに話しかける事にした。
「遅くまで大変だね。ご苦労様」
「貴方は‥バルコスのドミニク殿下!どうされたのですかこんな夜中に?」
「僕の事を知っているのかい?環境が変わったせいか眠れなくてね。少し散歩をしている所だよ」
「そうだったんですか。もちろん、貴方が昼間歩いている姿を見かけましたので、存じ上げておりますよ。しかしここは立入禁止ですので、お通しする訳には参りません」
思っていた通りの言葉を言われたので、ドミニクは胸ポケットから小瓶を取り出すと、2人の警備兵の鼻先で蓋を開けた。
「何も見ていないし、誰も来なかった」
ドミニクがそう言うと、2人はまるで操られているかの様に真っ直ぐ前を向き、ドミニクを見ず元通りそれぞれの持ち場を守り始めた。
それを確認したドミニクは、堂々とエルナン翼に入り、回廊を進んだ。
相変わらず効き目は抜群だな。
それ故滅多に使う事はないのだが。
念の為持って来たのだが、思わぬ所で役に立った。
ドミニクが使った小瓶の中身は"妖精の雫"と呼ばれる、非常に催眠効果の高い花の香料だった。
この花はバルコス以外では育たず、バルコスでもほんの一部地域にしか咲かない、とても貴重な花だ。
そしてこの花はその効果の為、迂闊に近寄る事を禁じられている。
かつて花園に迷い込んだ羊飼いが何日も彷徨い、遂には餓死するという事件が何度も発生した為だ。
この花を利用する方法を考えついたのは、このドミニクだけだった。
回廊を真っ直ぐ進むとやがて行き止まりになり、これ以上先へは行けない事が分かった。
でもドミニクの頭の中には、昼間イザベラに教えて貰った隠し扉に関する知識がある。
王宮の宮には等しく隠し扉と抜け道が存在し、その開け方のパターンも殆ど同じだという事に気付いていた。
後はそのパターンに沿って実行してみれば、隠し扉は発見出来る筈。
ドミニクは壁に使われている大理石の繋ぎ目を注意深く探り、端から二番目の大理石の壁を押してみる。
ギイッという音と共に大理石の壁は回転し、その奥に別の通路と扉があった。
大理石の壁を閉め、そっと足音を忍ばせながら扉に進み、耳をくっつけて中の物音を探る。
すると人の話し声が微かに聞こえてきた。
「さっき‥‥うっ‥しいぞ‥!イザベラ」
「ほっ‥‥て。どう‥たの‥‥ら?」
ドミニクは驚き、聞き間違いかどうか考えた。
男性と女性の声が聞こえ、男性はイザベラと呼んだのだ。
なぜこんな夜更けにイザベラ嬢が?
ひょっとしたらここは逢い引きの為の部屋なのか?
いや、だとしたらわざわざジョアン殿下が立入禁止にする理由がない。
どうする?
ドミニクは躊躇いはしたが、やはり自分の目で確かめてから判断する事にした。
もし逢い引きの邪魔をしたのだとしても、不慣れな王宮である事を理由に言い訳が出来る。
扉のノブに手をかけて、ドミニクはそっと扉を開けた。
突然扉が開いて中に入って来たドミニクに気付いたのはエドゥアルドだった。
エドゥアルドは机に向かって勉強していたのだが、ドミニクに気付くと立ち上がり、剣を構えて攻撃体制に入った。
「誰だお前は?どうやってここへ入った?」
続いて気付いたイザベラが、驚きを隠せないまま立ち上がり、エドゥアルドを制す。
「や、やめてエドゥアルド!ど、どうして貴方がここに‥!?」
ドミニクも驚いたが、出来るだけ平静を保ちながらイザベラに問いかけた。
「どうして僕がここに来たかは後で説明しましょう。イザベラ嬢、説明してくれないか?貴女は今そこの男性を亡き第一王子の名で呼んだ」
狼狽えるイザベラに、エドゥアルドも問いかける。
「イザベラ、こいつは誰なんだ?説明してくれ!」
2人に説明を求められたイザベラは、一度深呼吸をすると静かに口を開いた。
「エドゥアルド、見られたからには言い訳出来ないし、貴方も知っていた方がいい方よ。こちらはバルコスのドミニク殿下。ドミニク様、信じられないかもしれませんが、こちらは死んだとされていた、エドゥアルド殿下なのです」
イザベラの言葉を聞くと、ドミニクとエドゥアルドは声を揃えて叫んだ。
「「なんだって!!」」
2人はお互いの顔をジッと見つめ合った。
するとエドゥアルドは剣を鞘に戻して、ドミニクの前へ進んだ。
「リ‥レイリアにどことなく面差しが似ている。貴方はレイリアの兄上なのだね?」
「本当に?貴方は本当にエドゥアルド殿下だというのですか?それに貴方はレイリアの事をご存知の様だ。いったいどういう事なのか説明して貰えませんか?僕はレイリアの為に不審な箇所は全て調べるつもりで忍んで来たのです」
イザベラは半ば諦めた様に言った。
「エドゥアルド、まだ到着したばかりだというのに、もうここまで辿り着ける様な優秀な方に、隠し事は出来ないわよ。貴方の口から話してあげた方がいいわ」
エドゥアルドは頷き、ドミニクに椅子に座る様勧めると、自分も机の前の椅子に戻ってから話し始めた。
エドゥアルドは子供の頃レイリアと出会い、その時貰った薬のお陰で一命を取り留めた事、その後ポンバル家に守られて来た事、5年前からエルナン翼で療養している事、そして最近偶然にもレイリアと再会した事などを順を追ってドミニクに話した。
ドミニクは黙って聞きながら、何かを考え込んでいる様だったが、その横顔の凛々しさにイザベラの胸は高鳴った。
なんという眩しい横顔なのかしら。
それにこのトキメキは‥‥胸キュン!?
そうなのね!やっぱり胸キュンなのね!
アマリア!ついに私も胸キュンを体験したわよ!
はっ!私とした事が!
こんな事を考えている場合ではなかったわ。
「イザベラ嬢?どうかしたのかい?僕の顔に何か付いているのか?」
「い、いえ、何でもありませんわ。少し眠気の為かボーっとしていました。私はエドゥアルドからレイリアの手助けを依頼されていますので、毎日こうして人目に付きにくい時間を狙っては報告に来ているのです」
エドゥアルドはイザベラの様子を見ると、ボソッと呟いた。
「成る程。さっき言っていた"トキメキが止まらない"とはこういう事か。全く、好みが似ているというのは、分かり易い物だな」
イザベラがチロリとエドゥアルドを睨むと、エドゥアルドは知らんぷりをした。
全てを聞き終わったドミニクは、吹っ切れた様な笑顔を浮かべた。
そしてエドゥアルドに問いかける。
「エドゥアルド殿下、貴方はレイリアに貰った薬のお陰で助かったと言いましたが、一つ確認したい事があります。レイリアは薬を与えただけですか?他に何か‥そう、おまじないの様な事はしませんでしたか?」
聞かれたエドゥアルドは照れ臭そうに答えた。
「実はその時、ある約束をしたのだが‥‥その約束の印として、リ‥レイリアは私の頰と額、そして唇にキスをしてくれたのだよ‥‥」
それを聞いたドミニクは一瞬目を大きく見開いてから、ゆっくり頷いた。
「既に答えは決まっていたか。エドゥアルド殿下、貴方は薬のお陰だと思っているかもしれませんが、レイリアが子供の頃携帯していた薬など、どこにでもある痛み止めや解熱剤にすぎません。ではなぜ貴方の命が助かったのかと不思議に思うでしょうね」
「薬ではない?そんな‥!では一体なぜ私は‥」
「レイリアには、レイリア自身が知らない力があるのです。貴方の命が助かったのは、薬ではありません。ですが貴方の命を救ったのは間違いなくレイリアなのです。今からその話をしようと思いますが、貴方にはその話を聞いた上で、決断して貰いたいと思います」
「決断とは何の決断だろうか?」
「今後についての決断です。願わくば貴方には返り咲いて貰いたい!」
ドミニクの言葉にイザベラは歓喜し、エドゥアルドは唾を飲み込みゴクリと喉を鳴らした。
読んで頂いてありがとうございます。