待ち人来たる
侯爵からミゲルを連れて来る様に言われたシモンは、途方に暮れていた。
あのバカ義兄上はリベイラ市場で騒ぎを起こして、ロウレスの地下牢へ収監された。
その後、市場で盗みを働いていた事が分かり、別の場所へ護送されたと言われたのだが、それがどこなのか分からないのだ。
義兄上の面倒を見ずに済むと喜んでそのままにしておいたのだが、まさか本家の侯爵様から呼び出しをくらうとは思いもしなかった。
全く、どこまで私の足を引っ張るのだ?
あのバカ義兄上は!
シモンは仕方なく、王都の牢という牢を端から回る事にした。
「やあ!誰かと思ったら、シモン殿ではないか!殿下の執務室以来だね!」
茶色い髪に茶色い瞳の、整ってはいるがどこか可愛らしい女顔の青年が近付いて来る。
「貴方は‥ブラガンサ殿!その節は愚兄が大変ご迷惑をおかけ致しまして、申し訳ございません」
まさか街中で意外な人物に出会うとは思いもしなかったシモンは、驚きを隠せない。
でもミゲルと違うのは、きちんと相手を尊重出来る所だ。
「いやいや、その件はシモン殿に非がある訳じゃないし、一応解決済みだから水に流そう。僕は偶然買い物に来ていたんだが、シモン殿はどこかへ行かれるのかい?随分と急いでいる様だが?」
なーんてね。
実はずっと君の事を見張っていたんだよ。
ミゲルの行き先を知られては困るからね。
「私ですか?実は恥ずかしながら義兄がまた問題を起こしまして、どこかに収監されている様なのです。私は身元引受人として迎えに行かねばならないのですが、どこの牢に入れられたか分からず、仕方なく端から探し歩いている所なのですよ」
シモンは実に忌々しいといった顔をした。
やはり睨んだ通り、シモンに矛先が回って来たか。
そして僕にはもう一つ確かめたい事がある。
まずはカマをかけてみようか。
「そういえばシモン殿が嫡男として跡を継ぐ事に決まったんだってね。おめでとうと言うべきかな?シモン殿の努力が実を結んだのだから」
「‥‥ありがとうございます。ですがあまり嬉しくはないのです。私はマンソン一族では庶民扱いをされて来ましたからね。跡継ぎになった事で更に風当たりが強くなり、程のいい使いっ走りの様な事をさせられていますよ。マンソン一族とは血統を重視する一族ですからね。私の様な庶民との庶子は、歓迎されないのが普通です」
おっ!
いいねぇ♪
本音を漏らしてくれたねぇ。
「それはおかしいだろう!?シモン殿の様な優秀な人材を使いっ走り扱いとは、マンソン一族も大概人を見る目が無い!こんな所で立ち話もなんだな。どこかで一杯やらないか?僕はシモン殿の能力を認めているんだ」
「しかし、私は急いで義兄を探して‥‥」
「後でエンリケ殿に調べて貰うから心配無用さ!それより僕はミゲルなんかより、君の能力が活かされない事の方が心配だよ!お節介かもしれないけど、僕で良かったら力にならせてくれないか?」
シモンは少し考えてから、ルイスに返事をした。
「英雄一族の誉れ高い、ブラガンサ殿からその様な申し出を受けて、どうして断れましょう。本音を言えば、私はマンソン一族など大嫌いなのです」
よし!
食い付いたね!
それじゃあじっくり口説かせて貰おうか。
君の様な優秀な人材は、敵にするより味方にした方が都合が良い。
内側からもマンソンを崩して行こうじゃないか。
ルイスは予め目星をつけていた、クルドという店にシモンを連れて来た。
この店は以前宿屋であった物を改装し、正面を入った所に個室付きのバーがあり、奥には本屋や占い部屋があった。
以前から王都へ来る度に足を運び、最近ではすっかり常連になりつつある。
ルイスを先頭にバーへ入って行くと、店員はニコニコと声をかけて来た。
「これはブラガンサ様!いつもご贔屓にして頂き、ありがとうございます。お席はいつもの所でよろしいですか?」
「うん。お願いするよ。それと、いつものを頼む」
「畏まりました。ではお席へご案内致します」
店員が案内すると、ルイスは慣れた様子で後を付いて行く。
個室で椅子に腰掛けてから、ルイスはすっかり寛いだ様子でシモンに言った。
「この店は普通に食事も楽しめるから、以前から良く利用していてね。特に子豚の丸焼きと赤ワインの組み合わせが絶品なんだ。今日もそれで頼んでしまったけど構わないかい?シモン殿に是非食べさせたかったんだ」
「ブラガンサ殿のおススメなら間違いないでしょう。お気遣い頂いて申し訳ございません。しかし、ブラガンサ殿でもこういった庶民の店に来られるのですね」
「僕の事はルイスで構わないよ。僕はあまり畏まったり、気取ったりするのが好きじゃないんだ。マンソン一族なら決してこういった店には来ないだろうけど、シモン殿なら付き合ってくれるんじゃないかと思ってね。迷惑だったかい?」
「いえ、むしろ大歓迎です!では遠慮なくルイス殿と。元々私は義兄とは別の、一般庶民として市井で暮らしておりましたから、こういった場所はとても落ち着きます」
「なんと!君の様な優秀な人材を庶民としてぞんざいに扱い、あのミゲルを優遇していたと?これは驚きだ!思ったよりマンソン一族は物の道理が分からない連中だった様だね」
ルイスが大袈裟に驚くと、シモンはそれに同調してきた。
「そう!そうなんですよ!あのバカ義兄は何の努力もせず、ただ血筋がいいというだけで持て囃されて来ました。少し愚痴を言いますが、聞いてくれますか?」
「もちろんだよ!全て吐き出してくれ」
よし!
まずは好感度を上げられたぞ。
さてと、口説きにかかりますか。
ルイスは人の良さげな笑顔を浮かべて、運ばれて来たワインをシモンに勧めた。
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