我慢しないと?
頭と背中を摩られ、胸元から聞こえてくる鼓動を聞いているうちに、レイリアの気持ちは落ち着いてきた。
ふと気付けば、エディの胸元はビショビショに濡れている。
‥‥あれ?これって、涙だけじゃない気がするわ!
うう‥どうしよう!
こっそりエディの顔を盗み見ようとするが、少し目線を上げただけでは、エディの顎しか見られなかった。
レイリアが思うよりずっとエディは背が高かったのだ。
多分ジョアンよりいくらか高い。
気付かれないうちに証拠隠滅よ!
レイリアはそっとポケットからハンカチを取り出し、エディの胸元を拭いてから鼻をかんだ。
レイリアがそんな事をしていると、抱きしめているエディの体が小刻みに震え出し、頭の上からクスクスと笑い声が漏れてくる。
「リア、そんな気を使わなくても私は気にしないよ」
「だって!正直に言うけど、多分涙だけじゃないから‥‥。汚くてごめんなさい!」
「リアの何が汚いって言うんだい?私にとっては全てが愛おしいよ」
「愛おしいって!!‥‥エディ、貴方変だわ?急に現れてそんな口説き文句みたいな事言って。それに‥‥そうだわ!説明してちょうだい!どうしてイザベラと一緒に現れたの?そう、その前に、もう落ち着いたから離して!」
「離さないよ。私は少しも変じゃない。やっと私にも希望が見えてきたんだ。もう我慢する気はないからね」
「何を言っているの?」
「リア、聞いて。さっきジョアンから聞いたんだ。君に使われそうになった薬は、マンソンの薬だったんだよ。つまり、私に使われたのと同じ薬だ」
「えっ!?」
信じられない事をエディは言った。
「ミゲルとかいう元マンソンの男は、睡眠薬だと思い込み、侯爵の書斎から薬を盗み出したそうだ。詳しくは明日君の従兄から聞くといい」
「‥‥まさか‥!マンソンの薬って事は‥‥エディ!」
「そう。この体を治す機会が巡って来たという事だ。君の顔も見たかったし、自分の口から君に伝えたかった。だから無理を承知でイザベラに頼み込んだんだよ。イザベラはポンバル家の一員として、最初から私の存在を知る者なんだ。君を守る為に私が彼女を呼び寄せた。後はイザベラから聞いてくれ。彼女も友達には自分の口で話したいだろう」
「‥‥私を守るって‥?なぜ?」
「私の好きな物は金緑石だからだよ、リア」
「貴方の言う事は、時々難しくて分からないわ。地質学者は鉱物を好むって事?」
エディはハァーと溜息を吐き、レイリアの額に自分の額をくっつけた。
「君にはもっとハッキリ言わないと伝わらないか。リア、私は絶対にこの体を治す。そうしたら君に話したい事があるんだ。聞いてくれるかい?」
「わ、分かったわ。それってこの距離で言わないといけない事?」
ち、近い!近過ぎるわ!
「君の命が危険に晒されたんだ。こうして君の体温を感じさせてくれ。それに私は焦っている。ライバルに差をつけないと攫われる可能性があるからね」
「ライバル?何の話?」
「私の知らない強敵もいるって事さ。だからこれ位は印象付けさせて」
そう言うとエディは額を離して、レイリアの頰にチュッと音を立てて口付けた。
「なっ!?エディ!!」
レイリアは真っ赤になって口付けられた頰を押さえる。
エディは満足そうに微笑むと、レイリアをギュッと抱きしめ直した。
「ちょ、ちょっとエディ!今日の貴方はやっぱり変よ!」
「ちっとも変じゃないさ。元々私は独占欲が強いんだ。それに今日つくづく思ったよ。もし君が薬を飲んで死んでいたら、私は一生悔やみ続けただろうって。だからもう我慢しない。本当に君が無事で良かった!」
そう言われるとレイリアは何も言えず、エディの腕の中に大人しく収まっていた。
どれくらいそうしていただろう?
時間にしたらほんの数分の出来事だったのかもしれない。
でもレイリアには時間が止まっているかの様に感じられた。
コンコン!とノックの音が聞こえる。
エディがパッとレイリアを離し、まるで何事もなかったかの様に自然に言った。
「残念!時間切れだ」
エディは来た時と同様に、フードを深く被り顔を隠す。
扉が開いて、どことなく疲れた顔のイザベラと、イキイキした顔のアマリアが入って来た。
「お話は済んだかしら?そろそろ戻らないといけないのよ」
イザベラが言うとエディは無言で頷いた。
「レイリア、明日少し時間を貰える?きちんとお話をさせて欲しいの」
「ええ。都合のいい時間を連絡するわね」
「良かった!貴女とはお友達でいたいから、正直に向き合いたいの。それじゃあ明日待ってるわ」
イザベラはエディに目配せをして出て行った。
エディはイザベラの後を追う前に、レイリアの手をギュッと握って名残惜しそうに出て行った。
「おや?姫様何だか顔が赤いですね?それに少し目が赤い気が。あの男に何かされましたか?」
「え?ううん、何もないわ。お話を聞いて貰っただけ。ほら、元気でしょ?」
アマリアはジーッとレイリアを見てから言った。
「まあ、確かに元気になったみたいですけど」
「ア、アマリアはどんな話をしていたの?」
「そりゃあ胸キュンについてですよ。イザベラ様も恋愛初心者ですからね。胸キュンを知らないと始まりません!」
「その、胸キュンと胸がズキンとしたりドキドキしたりするのは違うの?」
「おや?姫様にしてはいい質問ですね。ざっくり言うと、胸キュンは恋に落ちる前のトキメキですかね。きっかけというか。ズキンとかドキドキは、恋に落ちてから経験する痛みとか、喜びですよ。まあ、私の持論ですが」
「‥恋に落ちる?」
「ええ。もしズキンとかドキドキを特定の相手に感じたら、それは恋に落ちたと言って間違いないでしょう」
アマリアの言葉にレイリアは動揺した。
待って、それじゃあまるで私は‥‥
「姫様?どうしましたか?」
アマリアの声にハッとして我に帰る。
「ううん、どうもしないわ。入浴の準備をしてくれる?」
「そうですね。今日は色々ありましたから、ゆっくり入浴して疲れを癒して下さい。では、すぐ準備して来ます」
アマリアは準備の為浴室へ向かった。
レイリアはさっきから気にかかっている事を考えてみる。
アマリアの言う通りであるならば、まるで、まるで私は‥‥!
恋に落ちたって事みたいじゃない!
‥‥いいえ、気のせいかもしれないわ。
次に会った時同じだったら、認めたくないけど、認めざるを得ないわね。
とにかく次に確かめてみなくちゃ!
結局なるようにしかならないと開き直ったレイリアは、この日はもう考えるのをやめた。
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