国境へ
翌朝早朝にレイリア達一行はバルコスを発った。
レイリアは馬に跨り、兄に並んで並走している。
馬車にはアマリアと、昨日急いで荷造りした荷物が乗っていた。
レイリアが馬に跨っているのは、決してお転婆だからではない。
長い時間馬車に乗れないのだ。
馬車に乗ると、10年前の事故の記憶が蘇ってくる。
冷たくなった母に抱きしめられ、震えながら過ごした2日間は、レイリアにトラウマを植え付けるには十分な時間だった。
馬車に乗ると身体中からサッと血の気が引いてくる。
呼吸が上手く出来ず、気が遠くなって、最後には意識を失ってしまう。
何度も試したが、どうしてもダメだった。
でもさすがに馬に跨ったまま、オセアノの王都へ入る訳にはいかない。
そこでレイリアは王都の手前の町まで馬に乗り、そこからは馬車に乗り換えて行く事にした。
短時間なら多分耐えられるだろう。
「レイリア、僕は国境までしか一緒に行けないが、王都まではルイスが一緒に行ってくれるよ」
「げっ!!ルイス!?」
「従兄弟なんだから安心だろ?」
「お兄様にはいい子かもしれないけど、私には意地悪だからルイスは苦手よ」
「ルイスの態度は子供っぽかったし、レイリアは鈍感でそういう事に興味が無かったからなぁ。全然ルイスの気持ちに気付いてあげないからだよ」
「ルイスの気持ちってどういう事?」
「まあ、ルイスも19歳でもう大人だ。会えば分かるよ。最後に会ったのは、もう5年前だろ?」
「そうだけど。人ってそんなに簡単に変わらないと思うわ」
プゥっと頰を膨らませるレイリアを見て、ドミニクは苦笑した。
ドミニクはレイリアの速度に合わせて馬を走らせてくれる。
ドミニクの一つに纏めた腰までのプラチナブロンドは、切るのを嫌がるレイリアの為に伸ばしたものだ。
「お兄様髪が伸びたわね」
「そうだね。少しなら切ってもいいかい?」
「それなら国境でお別れする時に、お兄様の髪を貰いたいわ。御守りにしたいの」
「いいよ。レイリアの希望通りにしよう」
ドミニクの髪はレイリアのお気に入りだった。
キリッと整った甘いマスクに、美しい髪がよく映える。
きっとお兄様の髪を持っていれば、オセアノへ行っても寂しくない。
レイリアはそう思って、ドミニクに笑顔を向けた。
朝早く出発した為、夜には国境にある宿屋へ着く事が出来た。
ここでルイスと落ち合う事になっている。
ドミニクがルイスを探すと先に到着しており、全ての手配を済ませてあった。
「ルイス、久しぶりだな!今回は色々と世話になる。すまないな」
「ドミニク兄さんお久しぶりです。レイリアの事は任せて下さい。ところで肝心のレイリアは?」
「ああ、外で馬を繋いでいるよ」
「馬?兄さんレイリアはまだ馬車がダメなんですか?」
「まだというよりは、今後も無理だろう。レイリアにとって馬車は恐怖でしかない。中々克服出来る物じゃないんだよ。心の傷という物は」
「そうですか。僕も注意します。王太子殿下はこの事は?」
「知る必要はないだろう。一緒に馬車に乗る機会があるとは思えない」
「どういう事です?」
「後で詳しく説明する。レイリアを呼んでくるから食事にしよう」
ルイスが王太子と言った途端、珍しく不機嫌になるドミニクを不思議に思ったが、レイリア達の為に夕食の手配をしに食堂へ向かった。
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