表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こじらせ王太子と約束の姫君  作者: 栗須まり
第1部
58/175

逆恨みの代償

ジョアンとルイスは馬車に乗っていた。

急いでいる割には、なぜ馬でなく馬車を使うのかとルイスは不思議に思っていた。

するとそれを問う前に、ジョアンは説明を始めた。

「ミゲルの取り調べをする前に、どうしても話しておかなければならない事がある。ブラガンサ殿には知っておいて貰った方が良い」

「ブラガンサでは長くて言いにくいでしょう。僕の事はルイスと。成る程、だから殿下は馬ではなく馬車を使ったのですね」

ジョアンは頷き、真剣な顔をルイスに向けた。

「その通りだ。今から話す事はマンソンの不穏な噂に関係する。ルイス殿、君も辺境伯の跡継ぎとして、一度は耳にした事があるだろう?」

「‥ええ。マンソンの呪い。マンソン一族の出世の妨げになると、体調を崩し、やがて死を迎えるという噂ですね。その噂のせいでマンソンはやりたい放題ですが」

「そう。私の母もマンソン一族の出身だ。だからその噂が嘘でない事を知っている。マンソンは噂通り死をもってライバルを蹴落とすのだ。そしてその際マンソンはある物を使う。何か分かるか?」

「‥‥この状況でその話をするという事は、ミゲルの持っていた薬がヒントだと思います。という事は、殿下が仰りたいのは、マンソンは薬を使うという事ですね。多分‥毒でしょう?」

「君は理解が早くて頼もしいな。ミゲルの対応も的確で助かった。改めて礼を言う。‥そう。君の言う通り、マンソンは毒を使うのだ。もちろん、ミゲルが持っていた物がそれであるとは、調査結果が出ない事には何とも言えないが。だが、もしそうであった場合の事を考えておかなければならない」

「そうであったらなんて、そんな!もしあの薬が毒であったら、従妹は、レイリアは命を狙われた事になります。なぜレイリアが命を狙われなければいけないんですか?それにミゲルがそんな危険な任務を任されるとは思えません。尾行ですら満足に出来ないあの男に!」

「それを確かめに向かっているのだ。だから君には私の考えを話しておく。私は以前からマンソンを排除する方法を考えていた。万が一ミゲルがマンソンの指示により、姫君の命を狙ったのだとしたら、私にとって大きなチャンスとなる。そうなるとミゲルは重要な証人として、保護する事になるだろう」

「でも、やはり僕にはミゲルの行動とマンソン一族は関係ないと思えます。あんな浅はかな男に、そんな危険な薬を持たせるとは考えられませんし、何よりアイツはマンソンから追い出された人間ですよ?殿下は暗く考え過ぎです」

「君にも暗いと言われたか。まあネクランと言われないだけマシだが。私も君の言う通りだとは思うのだが、万が一を考えておかないと、何かあった時の対応が遅れてしまうという懸念が、すっかり身に染み付いているからな。私の憶測だけで済めば良いのだが」

「殿下の立場上仕方がないと思います。何にせよミゲルに聞いてみない事には、なんとも言えませんよ。ところでネクランとは何ですか?」

「ああ、気にしないでくれ。姫君に付けられたあだ名だ」

気にしないでくれと言われたので、ルイスはその事について何も言わなかったが、案外殿下は気にしている様だと思った。

まあ、いつの間にあだ名を付ける様な間柄になったのかは気になったが。

ルイスがそんな事を考えている間に馬車はロウレス地区へ入り、ロウレス刑務所の前に着いた。


地下牢は所々に空いている明かり取りの窓のお陰で、思ったより暗く無い。

看守に案内されてミゲルの独房へ行くと、ミゲルは騒ぐ事もせず、ベッドの上で膝を抱えて俯いていた。

「ミゲルよ、顔を上げよ。私が誰だか分かるか?」

ミゲルは一瞬ビクッとしてから顔を上げると、みるみるうちに青ざめた。

「で、殿下!!」

「そうだ私だ。いいかミゲル?今回お前が行った行為は、重罪として死刑を言い渡されてもおかしくないのだぞ。それを踏まえた上で、全てを話せ。場合によっては助けてやらんでもない」

ジョアンの言葉にミゲルはブルブルと震え、ベッドから飛び降り鉄格子の前に立つジョアンに跪いた。

ルイスはその様子を見守る事にした。

「全て話します。だから命ばかりはどうか、どうかお助けを!」

「では最初の質問だ。お前は姫君が市場へ出かけると知り、後を追って薬を盛ろうとした。ちがうか?」

「め、滅相もございません!私は偶然市場にいたのです。義弟に荷運び人足として働かされておりましたので。義弟に確認して頂けたら間違いない事が分かります。姫君がいらっしゃったのは偶然です。薬は‥‥その、眠らせようとしただけなのです」

「眠らせるだと?ではあの薬は睡眠薬だと言うのか?なぜ眠らせようとした?」

「‥今の私の境遇は、姫君がきっかけです。ですから私は姫君に仕返しをしようと思って、密かに薬を手に入れ、機会を伺っていました。私は以前殿下と姫君が出かける途中、偶然馬車で体調を崩した姫君を見ました。そして姫君の弱点は馬車だと知りました。そこで私は姫君を眠らせ、馬車に乗せてやろうと思い立ったのです。目覚めた時馬車の中だったら、どんなに嫌だろうかなどと考えて。今回は偶然その機会が訪れたので、かねてよりの計画を実行したまでなのです」

ジョアンとルイスはあまりに自分勝手な動機に、呆れて一瞬物が言えなくなった。

「つくづく呆れた奴だ。なぜ自分が悪いと反省出来ぬ?まあ、あれは私にも責任があるが、姫君に仕返しなど逆恨みも甚だしい!で、姫君に盛ろうとした薬はどこの薬屋で買ったのだ?」

ルイスもミゲルの証言から、買った物だと思った。

やはり殿下の思い過ごしか。

マンソンから追い出されたミゲルに、薬など縁がある筈がない。

だがこの後のミゲルの証言により、状況は一変する。


「‥あの薬は買った物ではありません。拝借してきた物です」

「拝借だと?つまり盗んだという事か。だとしたら窃盗罪も追加だが?」

「け、決して盗んだ訳では!親戚から拝借したなら盗みにならないでしょう?隠し場所を知っていたので、拝借してきたのです。その、以前王妃様も睡眠薬として貰っていったのを目にしましたので、効き目は間違いないと思いまして」

ミゲルの言葉にジョアンの顔色が変わった。

「何だと?もう一度聞く。どこから薬を手に入れた?」

「大伯父の‥マンソン侯爵の書斎にある、絵の裏の隠し場所からです。子供の頃王妃様が訪れた時に会話を聞きました。眠らせたい誰かがいるから薬を貰いたいと、王妃様は仰っておりました」

ジョアンは真っ青になってルイスの方を向いた。

ルイスも今度は口を挟んだ。

「バカが!それが本当に睡眠薬だと思ったのか?お前はマンソンの癖に毒の存在も知らないのか?」

「えっ!!ど、毒!?私は毒を拝借したというのか?」

ミゲルはガタガタと体を震わせた。

続けてルイスはミゲルに聞く。

「お前が侯爵の元から盗んだのはあれだけなのか?他には持っていないのか?」

「あ、あります。こ、これです」

ミゲルは震える手で懐から薬の包みを取り出し、ルイスに渡した。

「殿下、殿下の心配した通りの展開になりました。考えを聞かせて下さい」

「まずはミゲルの身柄を隠さねばな。シモンには窃盗罪で別の場所へ護送したと言おう。ミゲルよ、お前がやった事が侯爵の耳に入れば、マンソン一族から命を狙われる事になるぞ。私に従えば助けてやろう。どうする?」

「ヒッ!い、命を狙われるですって!?そんなの殿下に従う以外ありません!殿下に従います!どうかお助けを!」

ジョアンは頷き、部下を呼んだ。

「この者をフィーゴ農園に連れて行け。決して外へ出すのではないぞ。ミゲル、いいか?私の部下に従わねばお前の助かる道はない!命が惜しくば逆らうな!」

「は、はい!!」

ジョアンの指示通り、ミゲルは目立たないよう荷馬車で荷物と一緒に運ばれて行った。

看守には固く口止めをして、ジョアンとルイスは急ぎ馬車に乗り込む。


「殿下、ミゲルの言っていた王妃様の話ですが‥‥」

「ああ、説明せねばならんな。恥ずかしながら母は2度もマンソンの薬を使ったのだ」

「知っていました。薬を使ったというのは知りませんでしたが、父から聞かされていましたから。またそれによりマンソンの呪いの噂が広まった事も。一つ質問してもいいですか?」

「私に答えられる範囲なら」

「殿下はマンソンを排除したいと仰いました。ですが殿下の後盾はマンソンです。排除したら殿下にとって不利になるのでは?」

「マンソンの後盾こそ私には不要な物だ。不利だなどと思わない。姫君には悪いが、むしろ薬を盗んだミゲルに感謝したいくらいだ」

「そうですか。では私も腹をくくり、及ばずながら力をお貸し致します」

ジョアンは目を丸くして驚いたが、すぐに笑顔でルイスに言った。

「ありがとう!君が力を貸してくれる。こんなに心強い言葉は無い」

ルイスは自分に向けられたジョアンの笑顔を見て、ついに奇跡が自分に降りてきたと心の中で叫んだ。

読んで頂いてありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ