まさかの男
ルイスはレイリアとイザベラに大まかな説明をしてから、一足先に王宮へ戻った。
戻ってすぐにエンリケの元へ行き、一連の出来事を話すと、エンリケは証拠となる薬を調べる為、薬学博士に調査を依頼した。
「ブラガンサ殿、貴方が一緒にいた事は幸運だった。とにかく姫君達が無事でなによりです。まさかまたミゲルが騒ぎを起こすとは!」
「僕もミゲルを見た時、まさか!と思いましたよ。従妹殿の後を尾けて、何かよからぬ事を企んでいるのではと様子を伺っていたら、まさか一服盛ろうとするとは思いもしませんでした。本当にアイツはまさかの宝庫ですね」
「ほぅ!ブラガンサ殿、貴方は中々うまい事を言う。今の"まさかの宝庫"は頂いても?」
「はあ、どうぞ。使う機会がありますかね?」
「もちろんです!締め切りが近いので助かりました。良かったら一緒にエントリーを‥‥いや、強敵現わる!になりそうだな。この話は無かった事に」
「‥何の話ですか?それはそうと、殿下と話せますかね?取り調べについて相談したいのですが」
「大丈夫です。すぐこちらへ来て頂けるそうです。姫君の一大事だと伝えたら、血相変えて予定をこなしていましたからね。時にブラガンサ殿、姫君は殿下に対して印象が変わったとか、何か仰っていませんでしたか?」
「いいえ、特に何も。数日中にドミニク兄上が来る事で頭がいっぱいの様子でした。殿下のでの字もありませんでしたよ」
「‥そうですか。やはりまだ押しが足りないか」
「何の話です?」
「いえ、こちらの事。ドミニク殿下がお着きになるとして、多分陛下も今週中には戻られると思います。そうなると今回の殿下の行いについての処分や、今後の姫君との関係性が本決まりとなる筈です。我々もまだどうなるかは分かりませんが、今出来る事は解決してしまわないといけません。ですから早急にミゲルの件は片をつけてしまいましょう」
「そうですね。アイツが何を思い行動したのか、早急に取り調べて処分を下して頂かないと!」
エンリケは頷き、ルイスと2人でジョアンの訪れを待った。
バァン!と、勢いよく扉が開くと、肩で息をするジョアンが飛び込んで来た。
エンリケが言うように"血相変えて"走って来たらしい。
髪は乱れ呼吸が荒い。
「ブラガンサ殿、状況を詳しく説明してくれ!」
入って早々口を開くジョアンの勢いに驚きながらも、ルイスは事細かにその時の状況を話す。
「‥‥僕は偶然市場で変装していましたから、至近距離で近付いてもミゲルに気付かれませんでした。そのお陰で証拠物件となる薬を手に入れる事が出来たのです。薬は既にエンリケ殿が薬学博士に調査を依頼しました」
ルイスが話している間に息を整えたジョアンは、手櫛で髪の乱れを直してエンリケに問いかける。
「薬学博士に依頼したのは良い判断だが、アントニオ博士だな?どの位の時間で結果が出るのだ?」
「殿下の言う通りアントニオ博士です。詳しい成分の分析には数日かかると思いますが、博士なら薬の種類をすぐ突き止める筈です。例えば睡眠薬であるとか、毒であるとか。オセアノ一の薬学の権威ですからね」
「ああ。助手が必要ならすぐ手配せよ。とにかく早く薬を分析するのだ。ブラガンサ殿、ミゲルはどこに収監されているのだ?」
「ロウレスの地下牢です」
「そうか。直ちに向かおう!一緒に行ってくれるか?」
「もちろんです!殿下自らが取り調べを?」
「ミゲルの家と薬の関係性が気になってな。それに、私が尋ねて拒否する事は出来ない。エンリケ、私とブラガンサ殿はミゲルの取り調べに向かう。こっちは任せるぞ!」
「はい。お任せ下さい。それはそうとブラガンサ殿、変装とはどの様な格好をしたのですか?」
「ああ、悪ふざけの延長でつけ髭とつけ眉毛を少々。後はメガネに帽子ですかね。名付けて"君は誰?実は僕"です」
「くっ‥!そのネーミングセンス‥‥完敗だ。危ない所だった。ブラガンサ殿をエントリーしては、私の受賞への道が絶たれる。思い留まって良かった」
ジョアンは呆れた顔をしてエンリケに言った。
「まだ諦めていなかったのか?だが今は心底どうでもいい!行くぞブラガンサ殿!」
「はい殿下!」
さっさと部屋を出て行くジョアンの後を、急いでルイスは追った。
扉の手前でエンリケを振り返って、ルイスは一言言葉をかけた。
「では"まさかの男のおかしな事件簿"とタイトルをつけて下さいね。それでは姫君達の事、よろしくお願いします!」
後に残されたエンリケは、肩を落として呟いた。
「‥‥タイトルまでも‥!完敗だ‥‥」
だがエンリケはへこたれない。
すぐに気持ちを切り替えて、アントニオ博士の元へ向かった。
博士の研究室はジョアンにより王宮内に設けられている。
エンリケはその理由を知らないが、今回研究室が近くにあるという事が、幸運であったとつくづく思った。
博士の研究室はエルナン翼の隣に位置する、ジョルジェ三世が造ったジョルジェ翼の一角にある。エンリケが研究室へ入ると、博士が焦った顔で走り寄って来た。
「エンリケ殿!殿下は、殿下はどちらでしょう?至急報告したい重要な話があります!」
「どうしたんですか博士?殿下は薬の持ち主を取り調べに向かい不在ですよ。私は殿下の指示で、博士に助手が必要か確認に参ったのです」
「助手!?ええ、至急5人程優秀な人材を手配して下さい!この薬は大変な物なのです!」
「大変な物と仰るという事は、まさか‥毒の類いですか?」
「‥そうです。しかも使用量によってはすぐに命を落とす可能性のある物です。今ちょっとした実験で水槽の鱒に使ってみましたら、少量だと時々泳ぎが鈍るくらいですが、多目だと即死するという結果が出ました。これは大変危険な薬です。おそらく、神経か筋肉のどちらかに作用していると思われます」
「なんと!まさか、まさかあのミゲルがその様な物を持っているとは!分かりました。至急助手を手配致しましょう。博士は引き続き調査をお願いします」
「分かりました。殿下の為にも全力を尽くします!」
エンリケは急いで助手を手配する為、研究室を後にした。
まさか‥あのミゲルが‥‥?
エンリケの頭の中では"まさかの男のおかしな事件簿"というタイトルがぐるぐる回っていた。
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