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こじらせ王太子と約束の姫君  作者: 栗須まり
第1部
53/175

いい男の条件

宿屋の食堂で働く3人の若い娘達は、ソワソワと落ち着かない様子で、呼んでもいないのに近くを通っては声をかけてくる。

それを嫌な顔一つせず、笑顔で対応するドミニクに、2人の従者は尊敬の眼差しを送っていた。

「若様って本当にいい男ですよねぇ。我々は若様の従者で良かったと、本当にそう思います」

「どうしたんだ突然?そんな事今まで言った事無かったじゃないか」

そう言ってクスッと笑うドミニクを盗み見て、娘達はキャアキャアと騒いでいる。

「バルコスでも若様はモテモテでしたが、それは半分身分のせいもあると思っていました。でもこうして誰も若様の身分を知らない場所へ来てみると、若様の魅力のせいだとはっきり分かります。何というか若様は、とにかくいい男です」

「ハハハッ!何を言い出すかと思えば、それはお前達が主人としての僕を欲目で見ているだけで、単なる勘違いだよ。モテるんじゃない、オセアノではあまり見かけないこの髪が、珍しいだけなんだ」

明るく笑ってそう言うドミニクに、娘達はまた騒ぎ出す。

全くウチの若様ときたら、こんなセリフを言っても嫌味に聞こえないんだから、とことんいい男だって事だ。

従者達はお互いに顔を見合わせて頷き合った。


そんな周りの様子とは裏腹に、ドミニクは全く別の事に気を取られていた。

ドミニクの目線の先には、食堂の奥の一番目立たない席に陣取った男が2人、周囲を警戒しながら座っていた。

最初は街道沿いのこの宿にいる事から、野盗の類いを疑った。

だが野盗にしては小綺麗で、食事の仕方もマナーを守っている。

そして少しだけ聞こえて来た方言が、何処かで聞いた事がある気がして、妙に胸騒ぎを覚えた。

「そこの娘さん、少し聞きたい事があるんだが、今大丈夫だろうか?」

ドミニクは後ろを通り過ぎたばかりの娘に声をかけた。

「わ、私ですか?」

娘はみるみる赤くなり、明らかに動揺している。

「そう、君だ」

「は、はい!何でございましょうですか?」

ドミニクは微笑み、娘の目を真っ直ぐ見ながら続けた。

「仕事中に申し訳ない。聞きたい事というのは、奥のあの2人についてなんだ。さっきチラッと彼等の話す言葉に、方言が混じっていたのを聞いて懐かしく思ってね。古い友人が喋っていた方言に良く似ていたんだ。彼等が何処の出身か、分かったら教えて欲しい。もし友人と故郷が同じだったら、色々と聞いてみたい事があるんだ」

娘はポーッとなりながら頷き、ドミニクの期待に応えようと宿帳を確認しに行った。


「若様、古い友人って誰ですか?若様の交友関係なら、ほぼ全員覚えていますよ?」

「そうですよ!我々に聞いた方が早いです。我々の知る限り、方言を使う人などいませんでした」

ドミニクは唇に人差し指を当て、従者2人を静止する。

「シッ!今は黙って見守っていてくれ。後で詳しく話すから」

全くウチの若様ときたら、こんな仕草も絵になるんだから、本当にいい男って事だ。

男の俺でも赤面しそうになったよ。

また従者達はお互いに顔を見合わせて頷き合った。


娘は急いで調べてくれたらしく、息を切らせて走って来た。

「こ、これに書き写して来ましたです。お役に立ちましたですか?」

娘は動揺する余り、おかしな言葉遣いをしている事に気付かないが、ドミニクは気にする様子も無く、ニッコリと笑いかけた。

「ありがとう娘さん。良ければ名前を教えてくれないか?」

「レ、レナータです!」

「ありがとうレナータ。君にピッタリな可愛らしい名前だね」

レナータと呼ばれた瞬間、娘は卒倒しそうになり、慌ててその場から逃げる様に去って行った。

従者達はお互いの顔を見合わせながら『やれやれ、またここにも犠牲者が』と心の中で呟いていた。


ドミニクはレナータという娘から貰った紙に目を通している。

紙には リカルド・コスタ28歳

ルイ・カルバリョ26歳

いずれも出身地はオセアノの北にあるアルジェスの町と書いてあった。

‥‥やはり違う。

ドミニクは、アルジェスが方言のない地域だという事を知っていた。

どうにも怪しい。

しかし、彼等の話す方言が何処の物であったのかが、どうしても思い出せない。

悔しいが、今は何も出来ないか‥。

しかもここは他国。

僕にどうこう出来る力は無い。

急ぎ王都へ向かい、この事を宰相殿に報告しよう。


「お前達、悪いがすぐに出発する!元々急いではいたが、もっと緊急の用事が出来た」

そう言ってドミニクは立ち上がり、荷物を纏める為二階に取った部屋へ向かった。

従者達は呆気に取られはしたが、主人の命令に従った。

従者達が宿の会計をしていると、さっきの娘と他の2人がそれを見て、酷く悲しんでいる姿が見えた。

宿の女将も残念そうに

「あんた達のご主人はいい男だねぇ。もっと見ていたかったのに残念だよ。若い娘達なんか泣いて別れを惜しんでいるさ。まるで物語の王子様みたいだからねぇ」

従者達は心の中で『若様は本物の王子様だ!』と突っ込みながら、女将の言葉に黙って頷いた。


ドミニクが荷物を纏めて降りて来ると、娘達は偶然を装ってドミニクの側を通る振りをした。

「娘さん達、世話になったね。ありがとう」

そう言ってドミニクが微笑むと、娘達は目に涙を浮かべて次々と裏へ走って行った。

少し困った顔のドミニクは、従者達に寂しそうに言う。

「ご覧の通り僕は全くモテないよ。大抵の若い女性は僕を見ると、ああやって僕を嫌って逃げていってしまうんだから。これじゃあ僕は結婚相手も探せないな」


全くウチの若様ときたら、自覚が無いにも程がある。

若様といい、姫さんといい、どうしてこうも天然なんだ?

それにしても若様は、びっくりする程いい男だ。

どんな態度を取られようと、常に優しく振る舞えるんだから。

またまた従者達はお互いに顔を見合わせて頷き合った。


馬の準備が済むと、ドミニクは馬に跨り声をかける。

「急いで飛ばせば、2日程で王宮に着くだろう。無理をさせるが頑張ってくれ!」

「「はいっ!!」」

従者達は敬愛する"いい男"の背中を追って、馬を駆り王宮へと向かった。

読んで頂いてありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 軽快な文章でとても読み易いです。 [気になる点] ドミニクはとても賢く周りをよく見ているようですが… 従者は主に傾倒するあまり、言っては何だけど…馬鹿ですねw 腹を読むという事が出来ない従…
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