訪問者
翌日の午前中、レイリアはダンスのレッスンを受けていた。
体を動かすのは得意なので、楽しんでレッスンを受けていたのだが、一曲だけステップに苦戦を強いられ、どうしても上手くいかず、講師から「一旦休憩を入れましょう」と提案されて、小休止を取っていた。
リズムが取りにくいのよね。
それから‥タイミングよ!
それさえ掴めれば上手く行くと思うんだけど。
レイリアが改善すべき点を洗い出していると、レッスン場に突然ジョアンが入って来た。
「で、殿下、どうされましたか?」
講師のソウザ先生は、ジョアンの突然の訪問に驚きを隠せない。
「私に気にせず続けてくれ。姫君のレッスンが順調か様子を見に来た」
「それが、一曲だけ行き詰まっておりまして、小休止を取っている所なのです」
「行き詰まっているとはどの曲だ?私が相手を務めて問題ないか?」
「おお!勿論です!殿下のダンスは一流ですから、姫君も私より踊り易いでしょう」
突然の訪問に加えて思わぬ展開に、レイリアは少し戸惑ったが、お手並み拝見とばかりに受けて立つ事にした。
「姫君、私が相手だが我慢してくれるか?」
「私に一流の相手が務まるかしら?お手並み拝見ね」
ジョアンはニッコリと笑いかけ、レイリアの手を取ると踊る前のポーズを取った。
伴奏者がピアノを弾いて音楽が流れ出すと、ジョアンは流れる様に軽やかに踊り始める。
「そこで左足を前へ」
言われるままステップを踏むと、自然とタイミング良く足が前に出た。
あれ程苦戦していたのが嘘の様だ。
「驚いたわ!貴方本当に上手なのね。それにリードも上手くて踊り易いわ」
「ダンスは得意ではあるのだが、それが貴女の力になれたのなら、得意で良かったと思う」
少し照れながらジョアンは微笑んだ。
ソウザ先生も満足げに頷いている。
アマリアの代わりに着いて来た女官は、壁際で頰を紅潮させて、ホォっと感嘆の溜息を吐いていた。
曲が終わるとその場にいた全員が拍手を送った。
「殿下、ご指導ありがとうございます。それに、とても楽しかったわ」
「貴女に楽しんで貰えたなら、私も嬉しい。ああそうだ!元々これを伝えに来たのだ。後で貴女に紹介したい人物がいる。昼食の席に同席させるつもりだが構わないか?」
「え?ええ。構いませんけど、どの様な方なのでしょう?」
「貴女の話し相手にどうかと思ってな、とても気さくな令嬢を呼んであるのだ。彼女なら貴女とも話が合うのではないかと思う」
「まあ!それは楽しみですわ!オセアノでは友人がいなくて寂しかったのです。とても嬉しいですわ」
レイリアが微笑むと、ジョアンはほんのり頬を染めて照れ臭そうに笑った。
壁際にいた女官はその様子を見て目を丸くしている。
「殿下は姫君に思いを寄せられている様だ」
その日の内にこの噂が王宮中に広まった。
レイリアがレッスンを終えて、礼儀作法の講義を受けている頃、王宮には一台の馬車が停まった。
馬車の前には侍従が控えている。
中からは艶やかな赤毛をハーフアップで纏めた、意思の強そうな美女が降りて来た。
侍従はその美女をホアキン翼のサロンに案内すると、お茶を用意してもてなし
「まだ時間には大分早いので、暫くこちらでお過ごし下さい」
と言ってその場を離れた。
暫く後にエンリケが美女の元を訪れる。
「イザベラ嬢、急な打診をお引き受け頂き、ありがとうございます。しかし、随分とお早いお着きですね?」
「お出迎えご苦労様エンリケ殿。久しぶりの王宮ですもの、情報収集をしておきたかったの」
「情報収集ですか?」
「ええ。自分の目で確認する前に、姫君がどんなお人柄なのか知っておくべきでしょ?なんといっても殿下直々に打診を頂いたのですから。でもまあ、今少し情報を集めた限りでは、あの殿下が随分と変わられた様ね。特に‥姫君の前では」
「はい!相変わらずお耳がお早い!私も喜ばしい事だと思っております。姫君との対面は昼食の席を用意しておりますが、よろしいですか?」
「ええ。‥‥楽しみだわ‥‥」
美女はニッコリと大輪の花の様な笑顔を浮かべてみせた。
相変わらず真意の読めない方だ。
殿下に協力的なのかは分からないな。
エンリケは笑顔を浮かべながら、腹の底でそう考えていた。
読んで頂いてありがとうございます。