笑顔とタイプと現実と
レイリアが倒れた翌日に、ジョアンの元へ感謝と謝罪を伝えに行くと、ジョアンは「これからは食事を共にしよう」と言って来た。
今までは素顔を見せたくないという理由で、あえて別々に食事を摂っていたのだが、素顔を晒した今となっては、レイリアに断る理由は無かった。
昨日からジョアンと一緒に食事を摂っている。
そして今も昼食を共にしている所だ。
ただ今回はルイスの希望で、3人で摂る事になった。
「姫君の好きな物は何だ?何でも用意させるが?」
「好き嫌いは特にありませんから、これといって思い浮かびませんわ。強いて言うなら‥う〜ん‥‥何でしょう?」
斜め左に座るルイスが「何を言っているんだ!」という目配せをする。
「従妹殿は昔から肉より野菜を好みました。確か、ジャガイモのポタージュスープを喜んで食していたと記憶しております」
ルイスは自称"空気が読める男"と言うだけあって、すかさず助け船を出した。
「そうか!ではすぐに用意させよう。次からも必ず用意する様気を付ける」
あまり畏まった席での食事は、遠慮したいと言うレイリアの希望通り、ジョアンは日当たりの良い明るい部屋で丸いテーブルを用意してくれた。
ルイスが斜め左に、ジョアンが斜め右にという配置で座り、ジョアンは終始ニコニコとレイリアに笑顔を向ける。
その様子を見たルイスは、テーブルの下で両手を組んで、密かに祈りを捧げていた。
「確かにジャガイモのポタージュスープは好きですけど、毎回は結構です。好きな物はたまに頂くのが嬉しいのであって、毎回だと喜びが薄れてしまいますもの」
ルイスがまた「何を言っているんだ」と目配せを送って来た。
「成る程な。確かに姫君の言う通りだ。うん、一つ勉強になったぞ。姫君には教わる事が多い」
ジョアンはニッコリと笑顔を浮かべた。
ルイスはまた祈りを捧げる。
レイリアはルイスの希望だから一緒に連れて来たけど、こんなに面倒くさいならジョアンと2人の方が気楽だったと後悔した。
デザートの出て来る頃になると、侍従がジョアンに小声で何かを伝えに来た。
「すまない、急ぎの仕事があって、中座させて貰うよ。お二人はゆっくり食事を楽しんでくれ」
そう言うとジョアンは席を立ち、レイリアの右手を取り、手の甲にキスを落とすと、最後にもう一度ニッコリと笑って部屋を出て行った。
ルイスは目を丸くして固まっている。
面倒くさいのでルイスを無視して、レイリアはデザートのフルーツタルトを食べた。
自室に戻る途中、案の定ルイスが騒ぎ出した。
「こんなに多くの奇跡を目の当たりにして、そろそろ神託でも賜われるのか?僕は神官になった方が良いのかもしれない」
「まだそんな事言っているの?」
「だって殿下が笑ったんだぞ!それにレイリアの手にキスをした!‥‥ハッ!これはもしや奇跡というより、天変地異の前触れなのか?」
後ろで控えていたアマリアが口を挟む。
「ある意味奇跡かもしれません。恋という物は、出会えた事が奇跡というじゃありませんか」
「何を言っているんだ?」
「ルイス様は奇跡に気を取られて、お気付きになりませんでしたか?あの、殿下が姫様を見つめる熱い眼差しに」
「またアレかい?お得意の恋愛小説のネタにあるとかの話かい?」
「数々の恋愛小説を熟読している私には分かります。殿下のあの眼差しは、恋する者のそれです」
ルイスとレイリアは顔を見合わせて吹き出した。
「「ブックック‥‥何を言い出すかと思えば、あり得ないって!」」
アマリアはフーと溜息を吐きながら左右に首を振った。
「あり得ないと思っていた相手に、いつの間にか惹かれていた。そして切ない片思い!それこそ今の殿下に当てはまると状態だと思いますよ。どうですかルイス様、片思いの先輩として何か気付きませんでしたか?」
「先輩って‥!やめてくれ!」
「そういえばルイスは自分の事を、物凄く趣味が悪いと言っていたわね。その後どうなの?」
「ルイス様、よりによって姫様にそんな事を言ってしまわれたんですか!」
アマリアは額に手を当てて、左右に頭を振った。
「僕の事はもういい!どうせ見込みも、縁に恵まれる事も無い相手なんだから。今は殿下の話だろ?気付いたかって言われると、レイリアにだけ笑顔を向けていた様な‥?」
「ああ、それはピクニックの時、私が殿下の笑顔は嫌いじゃないと言ったら、それなら私の前では笑顔でいようって仰ったの。それだけよ」
ルイスは顔色を変えてアマリアの方を見た。
アマリアもルイスを見ながらうんうんと頷いている。
「レイリア、君って‥結構小悪魔だな」
「姫様は天然のタラシなんですよ。本人自覚はありませんが。まあ、あったらあったでそれも問題ですが」
「何?私が悪いの?何で?」
「いえ、私は赤毛以外に金髪という選択肢もあると提案しているんです。金髪の方がお手軽ですし。今のところ」
「赤毛って何だい?」
「姫様のタイプですよ。姫様は赤毛好きなんです」
ルイスはショックを受けた顔をした。
「‥どうりで茶髪には見向きもしない訳だ‥‥」
アマリアは可哀想にとでも言いたげな表情で、ルイスの背中をポンポンと叩いた。
2人が何を言っているのかよく分からないレイリアは、アマリアの言う"赤毛がタイプ"という言葉をあながち間違いではないと思っていた。
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