惹かれる
執務室で急ぎの仕事を片付けたジョアンは、一人物思いに耽っていた。
まさかとは思ったが、エンリケが言った事は本当で、そして侍女殿の話では‥‥記憶を失くしているという。
やっと探し当てた娘がレイリアであった訳だが、これまで疑問に思っていた事の理由までもが明らかになった。
レイリアは兄上に会った後に事故に遭い、そして兄上の事もその数日前の事も、全て忘れているのだ。
だから少女の話をしても、まるで他人事の様に聞いていたのだな。
侍女殿の話では無理に思い出させようとしてはいけないという。
と、なると兄上の薬は‥‥手に入らないという事か‥‥
八方塞がりだ‥‥
ジョアンは一つ溜息を吐いた。
暫くするとコンコン!と扉を叩く音がして、エンリケが入って来た。
「ジョアン!姫君が意識を取り戻したそうだ!って、どうした?やけに暗いな?」
「色々と考え事をしていたのだ。‥暗いか。私はネクランだからな」
「この前から言っているそのネクランとは何だ?」
「気にするな。ニックネームの様な物だ」
「ニックネーム?まさかジョアン、ニックネーム大賞を狙っているのか?やめておいた方がいい。ネクランでは大賞は無理だ。あまりセンスを感じられない」
「そんな大賞があるのか?」
「ある!」
「あったのか。別に狙ってはいないし、センスについて君にとやかく言われたくはない」
「まあいい。そんな話をしに来たんじゃない。今日のピクニックでは随分と姫君と打ち解けていたではないか」
「‥姫君は少々規格外な所はあるが、優しく楽しい人だ。顔は見せなくとも好ましい人だとは思っていた」
「そして実際顔を見て、初恋の娘だと確信した。それで君は落ち込んでいる。違うか?」
「一部は合っている」
「そう気落ちするな。今日見た所、非常に良い雰囲気だったぞ。姫君も満更ではない様子だったし。やはりジョアン、君が押して押して押しまくるべきだな」
「私は姫君が探していた娘でない事を、心の底では望んでいた様なのだ。だから姫君の素顔を見た時、どういう訳か‥落胆した」
「それはそうだろう。蔑ろにした相手が初恋の娘だったのだから。いや、でもこうとも考えられるな。君は姫君を顔は見せなくとも好ましいと言っていた」
「そうだ。私が素のままで話が出来る人だと思う」
「私が思うに、君は姫君に惹かれていたのではないか?初恋の娘よりも強く」
「何だと?バカな!そんな事は無い!」
「いやジョアン、君は気付いていないだけだ。もう君の中では初恋は終わっていて、姫君に惹かれ始めていたのだ。ところが実は姫君が初恋の娘で、また同じ相手に惹かれたのかと君は落胆したのだよ」
「違う。私は姫君に惹かれてなどいない」
「意地を張るなジョアン。君が姫君に惹かれている事は間違いない。そうでなければあの様に自然に笑いかける事はないだろう?君が女性に対して、あの様に笑ったのは初めてだ」
「‥私の笑顔が嫌いじゃないと言ったのだ。だから私は姫君の前では笑顔でいると約束した」
「他の誰に言われても、今迄君は絶対に笑顔を見せようとはしなかった。それが答えだ」
「違う。もてなしの一環だ」
「認めたくないなら仕方がない。まあ私に任せておけ。色々と考えてあるからな。お近付き大作戦!を」
「また捻りのないネーミングだな。今後姫君に出す招待状の類いに、君の考えたタイトルを付けるのは禁止する!」
「なぜだ!タイトルが無ければ台無しではないか!」
「タイトルがある事が台無しなのだ。付けたいならネーミングセンス大賞を受賞してからにしろ。それならば許可を出しても良い」
「くっ!仕方がない。帰って一捻りしてくるとしよう。それでは急ぎ私は帰る」
「ああ」
ジョアンはまた一人執務室で考えた。
私がレイリアに惹かれているだって?
違う!そんな事はあってはならないのだ。
レイリアが兄上の初恋の娘なら、喜ぶべき事ではないか。
兄上も娘が見付かったと知れば、少しは元気も出るだろう。
それなのに私はなぜ、こんなに落胆しているのだ?
そしてなぜかレイリアを、兄上に会わせたくないと思ってしまうのだ‥‥
いや、こんな事より薬の方が問題だ。
何か良い手立ては無い物だろうか‥
読んで頂いてありがとうございます。