素顔を晒す
赤毛の男の子が何かを言っている。
「‥れは‥が‥‥求‥した‥‥だよ」
私の手の平に何かを乗せて、大切そうにそれを閉じる。
何と言っているのだろう?
思い出さなければいけない、大切な‥‥大切な言葉の筈なのに‥!
どうして私は思い出せないの?
行かないで!
叫んでも声は届かない。
「‥様!姫様!目を開けて下さい!姫様!」
アマリアに激しく揺り起こされて、レイリアはヒューと苦しそうに息を吸う。
途端にゲホゲホと咳き込むと、アマリアが体を横にしてくれて、レイリアの背中を摩っている。
見回すと自室として使わせて貰っている部屋の、ベッドに横になっていた。
「‥ここは‥‥どうやって?」
「ああ良かった姫様!私が誰だか分かりますか?」
「アマリアでしょ」
「頭も正常で問題なし!と。心配しましたよ姫様。久しぶりに限界を超えてしまったんですから」
「誰かが運んでくれたのね。迷惑をかけてしまったわ」
「姫様をここまで運んでくれたのは殿下ですよ!それもお姫様抱っこで! ‥ん?そもそも姫様はお姫様だから、ただの抱っこになりますかねぇ?」
「えっ!?で、殿下!?私は殿下に運んで貰ったの?」
「ええ。王宮に着いた早々姫様を抱き上げ、ここまで運んで医師を呼んでくれました。私は殿下を見直しましたよ。まるで物語の王子様がお姫様を抱き上げている姿そのもので‥ん?そもそも殿下は王子様でお姫様も姫様で‥訳が分からなくなりました」
「殿下に迷惑をかけてしまったという事は分かったわ」
「そこなんですよ!殿下は嫌な顔一つせずに、姫様を運ぶと、心配してさっきまで付き添っておられました。私のトキメキゲージ急上昇ですよ」
アマリアは鼻息荒く状況を説明する。
「殿下に抱き上げられて運んで貰ったなんて、物凄く目立ったんじゃない?‥うう‥考えただけで恥ずかしいわ」
「確かに目立ちはしましたね。別の意味でも」
「別の意味?」
「姫様、お気付きですか?素顔を晒している事に。殿下が言うには姫様が意識を無くした時、横に寝かせたら帽子が外れたそうです。王宮では誰も見た事の無かった姫君が、これ程に美しい女性だったのかと、そりゃあもう注目度がグンと上がりましたよ。それに殿下が姫様を抱き上げて運んでいる姿が、これまた絵になると評判でした」
「ハァァァ〜‥遂に顔を見せてしまったのね。あれ程啖呵を切ったのに」
「もう十項目などこだわらなくとも、いいのではないですか?殿下も大分変わられましたし」
「意地の問題よ。せめてもう少し貫きたかった。不測の事態だから仕方ないけど。‥あ、そうよ!それで殿下は今どちらに?」
「急ぎの書類があるとの事で、執務室へ向かわれました」
「それなら‥明日改めてお礼と謝罪に伺いましょう。今日はもう疲れたわ」
「お食事はどうします?」
「食べる気がしないわ‥」
「では入浴の準備だけして参ります。あと、それから姫様、差しでがましいとは思いましたが、余りに殿下が心配されておいででしたので、姫様の事故の話と記憶を失った話を殿下に致しました。酷く驚かれてはいましたが」
「そう‥。こうなった以上、話さない訳にはいかないものね。私も秘密を話さなければフェアじゃないし」
「大丈夫ですよ。殿下はこちらに傾き始めていますし。姫様、赤毛はやめて金髪はどうですか?」
「は?」
「いえ、こちらの事です。ウフフ‥予感がしてきましたよ!では入浴の準備をして来ますね!」
アマリアは楽しそうにスキップをしながら、入浴の準備に向かった。
一体どこにそんな楽しめる要素があるのか、レイリアは不思議に思った。
準備を終えて戻って来たアマリアが手にしていた物は『ツンデレ王子の恋愛指南』というタイトルの、いつもの恋愛小説だった。
こういう本を勧めて来る時のアマリアには、何を言ってもムダだ。
レイリアは寝る前に3ページだけ読んで、すぐに眠りに落ちた。
読んで頂いてありがとうございます。