好物と鉱物
「エド!調子が悪いんだって?大丈夫かい?」
ん?この声は‥‥
「心配しなくてもいい。いつもの事だよジョアン」
やっぱりジョアン!!
「心配するに決まっている!エド、兄上に何かあったらと思うと、私は‥‥」
「私を心配して仕事を抜け出して来たのかい?ダメだよジョアン、王太子がそんな事をしては。それに私は存在しない者だ。兄と呼んではいけない」
「兄上以外に私の家族はいない。だから兄上と呼ばせて欲しい」
「お前はもっと聞き分けが良かった筈だ。それにお前の家族は私だけじゃない。尤も陛下をそう思えないという事は知っている。だからお前は伴侶を見つけて家族を作りなさい。そして陛下の跡を継ぐのだ」
「それは兄上、エドの物だ!私には継ぐ資格などないのだから」
「まだそんな事を考えているのか?お前には十分資格がある。まあ、お前がよっぽどの事をしでかさない限りはだが。お前は思い詰めて暴走する傾向があるからね。まさかその様な事を考えていないだろうね?」
「‥‥‥」
「答えないという事は何か考えていたね?それが私の為だったとしても私は喜ばないよ」
「エド!」
「私の夢を覚えているかいジョアン?私は地質学者になりたかったんだ。もし奇跡が起きて体が元通り良くなったら、今度こそ私は夢を叶えたいと思う」
「‥そうやって、貴方はいつも私に譲ろうとするんだ。でもこればかりは私も諦めないよ。必ず貴方の初恋の娘を探し出して、貴方を元通りにしてみせる!そして家族を作って跡を継ぐのは貴方の方だ。貴方はもう伴侶を見付けているのだから」
「‥‥どうやってお前を説得したらいいんだろう?お前は言い出したら聞かない所があるからね。今日の所は諦めるしかないか。あまり調子も良くないし」
「ごめんエド!却って悪化させてしまった!」
「いや、大丈夫だ。もう戻りなさい。王太子が油を売っていては格好がつかない」
「分かった。また来るよ。‥‥エド、顔を見せてはくれないのかい?」
ジョアンの一言にレイリアはピクッと反応した。
カーテンを開けられたら、隠れているのがバレてしまう。
布団は明らかに一人分以上に膨らんでいるのだから。
「私の顔色を見たら、お前はもっと心配するだろう?だから私は見せたくないんだ」
エディの言葉にジョアンは一瞬黙り込んだ様だった。
「また私はエドに気を遣わせているんだね。ごめんエド‥もう戻るよ」
「そうしなさい。皆に迷惑をかけてはいけないよ」
エディがそう言うと扉を開けて、ジョアンは部屋から出て行った。
ジョアンが出て行ったので、レイリアはフーと息を吐いた。
そして今の自分の状態に気が付いて、顔から火が出そうになった。
わ、私、私、エディにしがみついているわ!
慌てて抜け出そうとしたが、エディにギュッと抱きしめられて身動きが取れない。
「エディ、離してくれる?もう大丈夫なんでしょう?」
「もう少しこのままでいて欲しい。ダメかい?」
「だ、ダメに決まっているでしょ!緊急事態とはいえ、こんなのダメだわ!」
だって私が耐えられないもの。
「残念。君を捕まえておきたかったんだけどね。そういう訳にもいかないか」
エディはそう言うとレイリアを離し、体を横にしてレイリアの方へ向きを変えた。
布団を捲ると真っ赤になったレイリアが顔を出し、その顔をエディが微笑みながら見つめている。
うう‥‥恥ずかしいわ。
多分茹でダコみたいになってる筈。
いいえ、茹でダコみたいだと思っている筈。
「リア、男性と二人きりの時にそんな可愛らしい顔をしてはいけないよ。私だって病人とはいえ、一人の男だ。そんな顔をされては抑えが利かなくなる」
「か、可愛らしいって、エディ貴方茹でダコが好きなの?」
「茹でダコ?」
「私絶対茹でダコみたいよ。あなたの好物は茹でダコなの?今度来る時用意して来ましょうか?」
レイリアが真剣にそう言うと、エディは思わず吹き出した。
「クックック‥‥君は本当、斜め上を行くなぁ」
「え?茹でダコが好物なんじゃないの?え?」
「嫌いではないよ。でももっと好きな物がある」
「え?もっと好きな物?それは何?用意出来るかしら?」
「用意しなくてもいい。既にあるからね。私はそれを見ているだけでいいんだ。さて、いつまでもこうしていたいのは山々だが、君はもう戻らなくては」
レイリアはハッとして、慌ててベッドから下りた。
ベッドの下からエディの隠したベール付きの帽子を取り出し、被る前にエディの方を向く。
「エディ、貴方はなぜ私をリアって呼ぶの?もしかしてジョアン‥殿下が言っていた、初恋の娘がその名前だったから、似ている私を同じ呼び名で呼ぶの?」
「‥‥何と言ったらいいかな。君をそう呼びたいんだ。それではダメかい?」
「ダメではないけど‥‥」
「けど?」
「いいわ。貴方はリアって呼んで。そう呼ぶのは貴方だけだわ」
「そう、私だけの特権だ。リア、やはりここへはもう来てはいけない。君を巻き込みたくはないんだ」
「あら、何度も言うけど決めるのは妖精よ」
「では妖精に頼まなければいけないね。どうしたものか‥」
悩むエディに近付いて、レイリアはエディの顔を両手で包み込む。
「えっとね、ちょっと、いえ、かなり恥ずかしいんだけど、祝福のお裾分けをするわ。そうすれば妖精は貴方を気にかけてくれるの。貴方に何かあったら、妖精は私に教えてくれる。それならいいでしょ?」
「仕方ない。いいと言うしかないんだね」
「目を瞑ってくれる?」
エディは言われた通り目を瞑った。
レイリアはエディの両頬と額にキスをして、最後に顎にキスをした。
「終わったわ。もう目を開けていいわよ」
エディはゆっくり目を開けると
「残念。最後は唇だった筈なのに」
と言って笑った。
「唇は貴方の大切な人の為の物よ。からかわないで。もう戻るわ」
恥ずかしくて逃げ出したいレイリアは、帽子を被り扉へ急ぐ。
「リア!」
「何?」
「私の好きな物はね、金緑石なんだ。それも特別な」
「‥特別な?」
「そう、特別な。キラキラと色を変えて、見ているだけで幸せな気持ちになる。‥‥参ったな、私は矛盾している。戻れと言って引き止めているんだから。来てくれてありがとうリア。もうこれで最後にしよう」
レイリアは返事をしないで扉を開け部屋を出た。
最後なんて言わなくてもいいじゃない。
そんな言葉、何だか‥悲しいわ。
ああ、でも、そうね、私は‥‥
エディの初恋の娘に似ているだけの存在なのだ。だから最後と言われても、仕方のない事なのだわ。
私は偽物で、本物は別にいる。
分かっている筈なのに、どうしてこんなに胸が痛いのだろう?
読んで頂いてありがとうございます。