結構なお点前
ジョアンが兄上は生きていると言った。
そしてその事は秘密なのだと。
レイリアにはもう分かってしまった。
あの隠し扉の先の部屋で、確かに聞いた台詞の意味が。
「私の存在は誰にも知られてはならない」
ああ、そうか。
彼は‥‥エディは‥
いくら鈍感なレイリアでも、分からない筈がなかった。
エドゥアルド前王太子殿下なのだわ。
レイリアは首を回し、息を大きく吐くと、ジョアンの前にツカツカと歩み寄った。
「ジョアン、私を一発殴ってくれませんか?」
「えっ?」
「と、いってもこの格好では殴れませんよね。では、腕を思い切りツネって下さい」
「い、いやなぜそんな事を?」
「気合いを入れる為です。さあ!」
レイリアは袖を捲ってジョアンの前に腕を出した。
「どうしてもやらなきゃダメかい?レディの腕をツネる等、常識では考えられない」
「どうしても!です。私は非常識ですし、レディでもありませんから。貴女を蹴った女ですよ?遠慮はいりません。さあ!」
「うっ‥それでは‥!これでどうだい?」
ジョアンはチョンと軽くツネった。
「全然ダメ!ちょっと腕を出して下さい」
ジョアンは言われるまま腕を出す。
「もう!袖を捲らなきゃ意味無いでしょうに!さっさと捲る!」
「はい!」
ジョアンが袖を捲ると、レイリアは思い切り腕をツネった。
「いっ!!」
「どうですか?これくらいの強さでやるんですよ。さあ、私もツネって下さい!」
ジョアンも今度は思い切りツネった。
「ふー!結構なお点前でした。これで気合いが入ったわ!」
「レ、レイリア、これに何の意味が?」
「ああ、ごちゃごちゃ考えてもしょうがないんで、気合いを入れたのよ。もう言葉遣いにも気を使わないわ。ジョアン貴方はね、はっきり言って根暗だわ」
「ね、根暗!?」
「そう、根暗!くだらない事考え過ぎて、訳の分からない事し過ぎなの。どうせ私の事だって、結婚を迫る女をうまく利用しようと思っていたんでしょ?私に蹴られる前までは」
「うっ‥!図星だ‥」
「いくら兄上の為とはいえ、私を舐めてもらっちゃ困るわ。最初から正直に理由を話せば、こんな面倒な事にならなかったの!兄上兄上って、兄上しか見てないじゃないの。兄上の大安売り、いえ、大特価セールだわ!」
「大特価セールはよく分からないが、それは反省している。それでもやはり兄上は私にとっての一番なんだよ」
「ああ、やっぱりね。私にはよく分かるわ。貴方重度のブラコンね!?」
「ブ、ブラ‥!」
「私だってお兄様が世界一だもの。そんな私達は世間ではブラコンって呼ばれるのよ!だからある意味、私と貴方は似ているわ。私は根暗じゃないけどね」
「やっぱり私は根暗で決まりかい?」
「当たり前でしょ!名前でも変える?ネクランとか?」
「いや、勘弁してくれ。分かった、認めるよ。私は根暗だ」
「そう。素直な所が貴方のいい所だわ。兄上の教育の賜物かしら?」
「そう!そうなんだよ!兄上はこの面倒臭い私を、怒りもせず根気よく諭してくれるんだよ。最高の兄上なんだ」
「ブラコンも客観的に見るとイタイわねぇ。私も気を付けなきゃ」
「何の話だい?」
「いえ、とにかく、最優先事項は兄上エドゥアルド殿下の健康回復だと思うわ。貴方がやろうとしていた根回しは、もう私には意味がないし。私のやり方は出たとこ勝負ですから。要は陛下に文句のつけようが無い状態まで、健康を回復させてやればいいんでしょう?」
「そんな簡単な話じゃないんだよ。現に兄上はこの10年、ずっと毒に苦しめられてきたんだから。少女を見付けて薬を貰うか、マンソンの毒を手に入れて解毒剤を作るかの二択しかない。マンソンは、ほぼ無理だと言っていい。一族の中でも知っているのは限られている。となると残りは少女だが、未だに発見されていない」
「う〜ん、待つのは性に合わないけど、少女が見付かるまで根気良く待たなきゃダメなのね」
「そうなる。そしてその間に陛下が戻り、私に王位を継げと言うだろう。だから貴方には兄上を推して欲しい。なんなら兄上が生きていたならば、是非結婚したかったとでも言ってくれ」
「け、結婚!!エディ、いえ、エドゥアルド殿下と‥!?」
「なんならだよ。レイリアどうしたんだい?腕が赤いよ?」
「なんでもないわ。ちょっと熱いだけ。ええと、最終的にそう言うとして、少女が見付かったら私はどうなるの?エドゥアルド殿下と結婚って‥事にでもなったら、殿下は困るのでは?こんな乱暴なレディとは程遠い私なんて、私だったら嫌だわ」
「それは陛下とドミニク殿が決める事で、後は貴女の意思次第じゃないかな?それに兄上は、そんな事で嫌ったりしないよ。兄上は世界一心が広く、優しい人だからね」
「ああ、やっぱり見ててイタイわ。気を付けよう」
「えっ?」
「いえ、貴方を見て少し学べたって思っただけ。まあ、今日の所はこれで終わりしましょう。私にはレディ教育のスケジュールがびっしり入ってるし」
「ああ、引き止めて悪かったね。それにしても‥貴女は予測不可能な楽しい人だ。貴女の様な人に出会えて、私は嬉しいよ」
「あら?変な条件を付けて遠ざけようとしたのはどなたかしら?」
「本当にごめん!調子に乗った!」
「いいけど、この格好は当分継続するからそのつもりで!」
「そろそろ素顔を見せて貰いたいんだが」
「まだまだよ。少なくともお兄様が来るまでは継続よ。こんな格好お兄様には見せられないから」
「ああ、本当に酷い格好をさせてるね。私は」
「ジワジワくるでしょ?なら成功だわ。とにかく、今日はもう戻るわ。またここへ来ればいいの?」
「ここまで話したんだ。後は私が貴女と話を出来る様うまくやるよ。それじゃ頑張って!また後で」
「またねネクラン!」
レイリアは早足で神殿の入口へ戻って行った。
祭壇の前ではジョアンが
「そっち!?」
と呟いてクスクス笑っていた。
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