化けの皮
ドミニクは鳥の足に手紙を括り付け、バルコス城の見張り台に立っていた。
この鳥は渡り鳥のプラガンシギという名前で、長距離飛行に適した鳥だ。
ブラガンサ辺境伯が改良を加え、ブラガンサ領では通信手段として頻繁に使われている。
ドミニクがオセアノ国王へ送った書状の返事を、使者はこの鳥を使って送って来たのだ。
そして今ドミニクは、別の場所へ手紙を送ろうとしている。
「あまり休ませてやれなくてすまないな。お前達は9日間、飲まず食わずで飛び続けられるという。どうか無事にこの手紙を届けておくれ」
ドミニクはそう言うと、鳥を空に向かって放った。
鳥の目指す先にはルイスがいる。
ルイスは王宮までの道程で、鳥達を誘導する為の道標を残してあった。
この方法は、ブラガンサの人間以外には秘密とされている。
レイリアを心配したドミニクが、ルイスに依頼してやって貰ったのだ。
プラガンシギは翼を翻し、東の方角へ向かって飛んでいく。
ドミニクはそれを確認すると、見張り台を下りて大公の元へ向かった。
「父上、ルイスには手紙を送りました。僕はこれから発とうと思います」
「そうか。くれぐれも気を付けてな。そしてレイリアには‥あの事を、うまく伝えてくれ」
大公は顔を曇らせながらドミニクの顔を見た。
「父上の心配はごもっともですが、レイリアに伝える役目は、僕以外にいないと思っています。でも父上、オセアノ国王とやり取りをして思ったのですが、王太子はあの事を知っている筈なのに、なぜ国益より私情に走ったのでしょう?レイリアの価値を知っているなら、嫌われる様な事をするよりむしろ、好かれようとするのが普通です。特に王太子の立場なら、国益の為に好かれる努力をする筈でしょう?国王は何か知っている様ですが?」
「さあな。私もオセアノの事情までは分からんよ。私が知っているのは、国王が王太子へレイリア本人はもちろん、他の誰にもレイリアの価値を教えるなと指示した事だけだ。私はレイリアをミドラスの力が及ばない場所へ、とにかく逃したかった。レイリアに一芝居打ってまでな。というよりは、あの子に話す勇気が無かったからだ」
「レイリアの性格を良く知っているから‥ですよね。そして僕の性格も父上は良く知っている。だから今になって、僕にレイリアの価値を話した。レイリアがいなくなれば、ミドラスは攻めて来れない事も分かっていたのですね。僕や当のレイリアが知らない事を、ミドラス皇帝とオセアノ国王は知っていたのですから。彼等に教えたのは父上でしょう?」
「小さな国を守るという事は、時にはハッタリも必要なのだよ。だが一連の騒動の元となった金鉱脈は、ハッタリでは無く本当に消滅させる事が出来るのだ。それをあの時レイリアが知ったら、どうするかは想像出来た。だから私は理不尽でも何でも、あの子をオセアノへ行かせたのだ」
「父上は、価値を知った上でミドラスが側室という条件しか出さなかった事を、良しとしなかったのですね」
「当然だ。ミドラスという国は傭兵を雇って戦争を繰り返し、大きくなった国だ。あの国は大量の傭兵と、そいつらを統率する優秀な将軍を大勢集めている。当然、莫大な資金が必要だ。つまり奴らは金だけ手に入れば、レイリアなどどうでも良いのだよ。ただ生かしておくだけの為に、側室という名目を打ち立てたのだ。もし、レイリアが奴らの手に渡ったら、恐らく幽閉されていたであろうな」
「父上がミドラスに難色を示すのは分かります。でも、オセアノの王太子とレイリアの縁談は、今後どうするつもりですか?」
「どうするかはドミニク、お前が判断しなさい。お前はバルコスを継ぐ者なのだから。オセアノ国王にこの縁談を断る意思はない。問題は王太子だけなのだ。お前が行って問題の解決策を探り、その上で国王と協議しなさい」
「責任重大ですね。僕の判断一つで、レイリアの人生が決まってしまうというのは」
「国を継ぐ者としての責任だ。お前なら立派に果たしてくれると、私は信じておるよ。私よりお前の方が、遥かに優秀なのだからね」
「まだまだです。父上のように時には化けの皮を被らないといけませんから」
「お前も言うねぇ」
「父上を見て育ちましたから。優しく穏やかな父親だと思っているのはレイリアだけですよ」
「父親とは娘に弱い者なのだよ。特にレイリアは祝福を持ち、心に傷を抱えている。伸び伸びと育って欲しかったのだ。少々放任が過ぎたがな」
「僕も甘くし過ぎました。お陰でレディとは程遠くなってしまって、今更ながら後悔しています」
「レイリアも恋の一つでもすれば、少しは変わるだろう。さてドミニク、そろそろ出発の準備をしなさい。明日の朝発つのだろう?」
「いいえ、もう準備は出来ています。これから直ぐに出発する予定です」
「相変わらずやる事が早いな。優秀過ぎる息子というのも物足りない気がするぞ」
「何を駄々っ子みたいに。そういう所は父上とレイリアはそっくりですね」
「だって親子だもーん」
「はいはい。父上と真面目な話は持って20分でした。それでは父上もお体に気を付けて!」
「あっさりしてるなぁ。お前も気を付けて行きなさい」
ドミニクは大公に背を向けて、後ろ手でヒラヒラと手を振った。
そして従者を二人連れて、オセアノへ向け旅立って行った。
それと同じ頃、オセアノ国王もまた、王都へ戻る道を急いで進んでいた。
いつもありがとうございます。
唇の裏に出来た口内炎がやっと治りました。
地味に痛かったんで、スッキリです。
手足口病かも!なんて大騒ぎしてましたが、地味に出来て地味に治った地味な口内炎でした。
あ、どうでもいい話ですね。
最近こんな地味な話題しかない地味な私です。
こんな私を応援して下さる皆様、感謝感謝です。
読んで頂いてありがとうございます。