鈍感も考え物
トクントクンと一定の速度で響く鼓動に耳を傾けると、何故だかとても安心出来る。
いつのまにか体の震えも収まり、普通に物を考えられる様になってきた。
男性はずっと背中をポンポンと叩いて、レイリアの頭を優しく撫でている。
少し落ち着いてきたので、レイリアはこの状況を考えてみた。
えっ!?
もしかしてこれって‥抱きしめられているって事?
人生初だわ!
身内以外の男性に抱きしめられるのはっ!
そう思ったら、途端に恥ずかしくなった。
「あ、あの、もう大丈夫‥だから。ええと、離して欲しいんだけど‥」
下を向いたままレイリアが言うと
「ああ、ごめん。他に方法が浮かばなくて。気を悪くしたならごめんよ」
と言って、男性はパッとレイリアを離した。
あ、やっぱりただ単に慰めていただけなのね。
抱きしめられていたとか、とんだ勘違いだったわ。
アマリアがあんまり恋愛小説読ませるから、変に誤解してしまったわ。
ふー危ない危ない。
「気を悪くしたなんてとんでもない!落ち着かせようとしてくれたんでしょう?お陰で助かったわ。もう少し大丈夫だと思ったのよ。もう大分時間が経ったから。でもやっぱりダメだったみたいね」
「触れてはいけない部分に、無理に触れようとしてしまった。ごめんね。私は君の気持ちを考えなかった」
「謝らなくていいわ。でも一つ言えるのは、貴方に曖昧な答えしか提供出来ないって事なの」
「それでも、私は君に会えて嬉しかったよ。妖精の導きと言ったね?その妖精に感謝したいよ」
「そういえば、何故あの妖精は私を連れて来たのかしら?何か印でも無い限り、妖精は見えない人には無関心なのよ」
男性は何かを思い出した様な顔でレイリアを見たが、この事に関してはそれ以上何も言わなかった。
「君は思いがけずここへ来てしまった様だけど、さっきも言った通りここは決められた人以外立入禁止なんだよ。だから誰かに見付かる前に、早くここから出た方が良い。そしてここで私に会った事は誰にも言わず、全て忘れるんだ」
「‥理由を聞いても‥教えてはくれなそうね。それが誰にも言わずという事なんでしょうから。それなら全て忘れるわ」
男性は寂しそうに微笑みながら
「そうしてくれ」
と言って帽子とベールを拾い、レイリアに渡した。
レイリアが渡された帽子とベールを元通りに被ると、男性はまた泣いてしまいそうな顔をしてレイリアを見ている。
「忘れるから、貴方の名前を教えてくれる?」
「私はいない筈の者だから、名前は無いんだよ」
「それなら勝手に変な名前で呼ぶわ。ガマとか、バカデスとか。これ、呼ばれたら嫌でしょ?私なら嫌だわ。ガマって、だってガマよ!ちょっとセンス疑うわね」
男性は吹き出して、楽しそうにクスクス笑った。
「良かった。笑ったわね。妖精が心配していたの。貴方が泣いているって」
レイリアがそう言うと、男性は
「参ったな」
と呟いた。
「さよなら名無しさん。最後にもう一度教えて。貴方は何と呼ばれたい?」
「エディと。君にはそう呼んで欲しい」
「そう。ではエディまた会いましょう」
「リア!ダメだ!二度と来るんじゃない!」
「それは妖精が決める事よ。貴方にも私にも決定権はないの。バルコス人は妖精に従うわ」
エディと名乗った男性は、一つ溜息を吐いて
「参ったな‥」
とまた呟いた。
それからエディはレイリアの手を引いて、隠し扉の前まで送ってくれた。
「いいかい、誰にも見つからない様気を付けて。私の存在は知られてはならないんだ」
「私はまだ王宮に不慣れだからテキトーに誤魔化せるわよ。心配しないで!」
「リア」
「え?何?」
「何でもない。本当に気を付けて」
エディはそう言うと、レイリアの右手の甲にキスをして、自分の居た元の部屋へ戻って行った。
い、今、何が起こったの?
え?何だか‥え?
いや、今はそれより早くここから出て戻らなくちゃ!
やはり誰もいない回廊を、レイリアは一気に走り抜けて、中庭の四阿に辿り着いた。
四阿には女官が用意したお茶のワゴンと、オロオロする女官、そして‥
「レイリア!!一体どこをフラフラしていたんだよ!!」
物凄ーく怒ったルイスが待っていた。
「ちょ、ちょっと忘れ物をした様な気がして、探していたの」
「忘れ物?何で人に頼まないんだ!それで、見付かったのかい?」
「それが‥‥気のせいだったみたい」
ルイスは盛大に溜息を吐いて女官に向き直ると、申し訳なさそうに笑顔を浮かべた。
「君には迷惑をかけたね。せっかく用意して貰って申し訳ないが、片付けてくれるかな?こういう人なんで予測不可能なんだ」
女官は少し頰を染めて頭を下げると、ワゴンを押して片付けに行った。
「悪かったわね!こういう人で。でも何でルイスが?」
「彼女に助けを求められたんだ。全く、世話が焼けるよ。レディへの道は遠いな!」
「彼女って‥ルイスも隅に置けないわね。いつの間に?」
「はぁ?彼女には殿下の想い人について聞いた事があるだけだ!どうしてそうなるかな?」
「タイプなのかと思って」
「タイプだって?君は知らないかもしれないけど、僕は物凄ーく趣味が悪いんだ!!」
「なにそれ!?‥参考までにどんなタイプなのよ?」
「鈍感でマイペースでキレると足が出る様な、最悪のタイプだよ!」
「それは‥何というか、レディとは程遠い相手ねぇ」
「その言葉はそっくりそのまま君にお返しするよ!全く、どこまで鈍感なんだ」
ルイスはプリプリと怒って、先に立って歩き出した。
何もあんなに怒らなくてもいいじゃない!
殿下だってきちんとエスコートくらいしてくれるわ。
エディは‥‥紳士なのよね。
きっとあれはレディに対する礼儀なのよ。
「リア」と呼んだその呼び方に懐かしさを覚えながら、レイリアは熱くなった右手を握って、黙ってルイスの後を追った。
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