精神的外傷と追憶
「誰だ?ここにどうやって入った?」
赤毛の男性は体を起こしてレイリアを睨む。
ベッドに横たわっているという事は、どこか体が悪いのだろう。
透き通るほどに色が白く、頰が少しこけている。
そのせいか一層深い青色の涙で潤んだ瞳は印象的で、形の良い鼻の下の薄い唇は薔薇色に色付いて見えた。
「答えろ!お前は何者だ?」
男性は尚もレイリアを睨んで、声を荒げた。
深い青色の瞳に目を奪われて、暫く黙ったままのレイリアだったが、ハッとして男性の問いかけに答えた。
「ええと、ノックもせず勝手に入った事は謝るわ。ごめんなさい。この格好を見て誰だと聞くという事は、どうやら貴方は私の事を知らないみたいね。決して怪しい者ではないの」
「顔も見せない相手を怪しい者でないと、誰が信用出来るのだ?それにここは、決められた者以外立入禁止だ!私にいったい何の用がある?お前は私を殺しに来たのか?」
「殺すって!‥物騒ね。確かに貴方の言う通り、怪しい格好をしているわ。これには理由があって、この格好を止む無く貫いているだけなのよ。ここには貴方しかいないから、貴方に信用して貰う為に、きちんと素顔を見せましょう。誓って言うけど、決して怪しい者ではないわ」
レイリアはそう言うと、帽子を取ってベールを外した。
小さな窓から差し込む柔らかな光に、レイリアの髪は淡いピンク色に輝く。
瞳は金緑石の様に色を変え、男性の顔を真っ直ぐ見つめた。
赤毛の男性は、その深い青色の瞳を大きく見開いて、とても驚いた顔をしている。
「さあ、これで少しは信用して貰えるかしら?自己紹介がまだだったわね。私はバルコスのレイリアと言うの。一応姫君と呼ばれているわ」
男性は更に驚いて、レイリアを見つめたまま黙り込んだ。
「驚くのも無理はないわ。どうやってここに来たのかなんて、説明しても信じて貰えないと思うもの」
「‥‥君は‥バルコスの姫君?どうして?‥」
「う〜ん、信じて貰えないと思うけど、私には妖精が見えて、妖精がここまで私を導いたの。私には祝福があるから、妖精が見えるし呼び出せる‥なんて、オセアノの人に言っても信じて貰えないわよね?」
レイリアがそう言うと、男性は首を左右に振った。
「こんな‥こんな事って‥‥!!」
瞳からポロポロと涙を溢し、肩を震わせている。
レイリアはギョッとした。
男性は泣いているのだ。
何故この男性は泣いているのだろう?
怒ったり泣いたり忙しい人だ。
もしかしたら私に、何かしらの原因があるのだろうか?
だとしたらまるで私が‥いじめたみたいじゃない?
泣いている相手に取る行動は、一つだ。
慰めるしかない。
私が泣くと、いつもお兄様がしてくれた様に。
レイリアは男性の側に寄ると、背中を摩って頭を撫でた。
「泣かないでとは言えないわ。泣いている理由が分からないから。もし私が原因ならば、ごめんなさいと言うしかないけど」
「ちが‥違うんだ‥‥。嬉しくて‥君が‥」
「やっぱり私が原因なの?えっ?私何か‥‥不法侵入!?」
男性はまだ肩を震わせている。
今度は笑いを堪えている様だ。
「何?なんで笑ってるのよ?さっぱり分からないわ」
男性は泣きながら笑うという、器用な技を見せている。
そして、少し落ち着いたのか、一度息を吐いて話し始めた。
「昔、君と良く似た娘と会った事がある。もう10年も前の事だ。だから‥‥嬉しくてね。君が、そうであったらいいのにと思ったんだよ」
「‥私に?‥‥10年前?‥‥それは‥否定も肯定も出来ないわ」
「何故?」
「私はその頃の記憶を一部失くしているの。不幸な事故が原因でね。だから‥思い出せないし、思い出したくないの。力になれなくてごめんなさい」
男性はまた驚いた顔をした。
そして、躊躇いながら口を開いた。
「‥事故と言ったね。もし良ければ、どんな事故だったのか、話して貰えないだろうか?君が話したくないと言うのなら、話さなくて構わないが」
レイリアは少し考えた。
この男性は昔会った娘と私を重ねている。
そしてその娘に会いたいと思っているのだわ。
私を見て、涙を流す程に。
人違いだと思うのだけど、それを裏付ける記憶を私は失くしている。
それならば、少しだけ話して理解して貰うしかないのだろう。
本当は話したくもないのだけど。
「本当に少しだけになるけど、話してもいいわ」
「無理を言ってすまない。やはり気になってね」
「では少しだけ。‥‥私と母が事故に遭ったのは、母の実家ブラガンサ辺境伯領から、バルコスへ戻る途中の出来事だったわ。天候も良く、道も傷んでいなかったから油断したんでしょうね。突然森の中から現れた巨大なグリズリーに、誰も気付けなかったの。馬は驚き御者は制御出来なかった。そして馬車はそのまま‥そのまま谷底へ‥‥お母様が‥お母様が私を抱いて‥‥」
レイリアの体がブルブルと震え、話を続ける事が出来なくなってしまった。
「ごめんリア!もういい!本当にごめん!もう、話さなくていいから!」
男性は立ち上がってレイリアに近付き、フワリとレイリアを包み込んだ。
そしてレイリアの頭を優しく撫でて、ポンポンと軽く背中を叩いた。
まるで子供をあやす様に。
レイリアは男性の胸に顔を埋めて、規則正しい鼓動を感じていた。
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