四阿からの導き
レイリアとアマリアは頭を抱えていた。
今日考えていた予定が全て塗り替えられ、新たな予定が立てられたお陰で、予想外の問題が起きたからだ。
「本当にどうしましょうかねぇ。いっその事開き直って、その格好を止めてみたらどうでしょう姫様」
「ダメよ!絶対にこの格好は変えないわ。私にも意地があるのよ」
「だったらどうします?どうしたってそのベールは、勉強には向きませんよ」
二人でう〜んと唸って考え込む。
今日はゆっくり休むつもりだった。
アマリアもレディ教育は、明日からになるだろうと予想していた。
だがエンリケは、二人の想像以上に行動が迅速で、ルイスやアマリアが依頼した"レディ教育に必要な講師陣"を今日早速揃えてきたのだ。
「姫君の為に最高の講師陣を揃えました」
と、満面の笑顔で。
それ自体は何の問題もない。
二人が悩んでいるのは、レイリアのベールが視界を遮り、読み書きにどうしても不都合が生じる事だった。
「姫様はどこまでなら顔出しアリだと思います?私は目だけそこそこ隠れていればアリなんじゃないかと思います」
「目だけって、結局よく見えないじゃない」
「それでは真ん中からこう分けるようにしてみます?カーテンみたいに」
「それもどうかと。それに分けたら顔が見えるじゃない」
「姫様も何かアイデア出して下さいよ。私は姫様が顔を隠すのは、あんまり好ましく思っていないんです。姫様を飾って、うちの姫様はこんなに美しいんだぞ!ってアピールしたいんですから。そして殿下にこんな美しい姫様に、理不尽な条件を突き付けた事を、もっと後悔させてやりたいんです」
「いや、それはナイから。私程度の容姿など、殿下は見慣れているでしょう」
「分かっていませんねぇ。姫様はご自分の価値を知らな過ぎですよ。ちゃんとした格好をすれば、誰よりも輝けるというのに」
「そんな必要ないし、興味もないからね。それよりも今はどうしようかという事よ」
「いっその事今日は講師の先生方に挨拶だけ済ませて、明日までに考えるというのはどうでしょう?王宮の見学をするからという事で」
「それいいわね!じゃあアマリアは考えておいて。私は挨拶と見学をしてくるから」
「分かりましたよ。姫様が見学している間に考えておきます。ついでに私は赤毛の貴公子でもリストアップしておきます」
「赤毛の貴公子って、まだ諦めて無かったの!?」
「当然です。胸キュンは最重要事項ですから」
やれやれと思いながら、案内係の女官に付いて、レイリアは部屋を出て行った。
一通り講師陣には挨拶を済ませ、本格的な勉強は明日以降になった。
そこで王宮を見て回っている訳だが、とにかく広く、迷路の様な王宮に、レイリアは覚えられる気がしないと思った。
エンリケからの指示が行き届いている為か、レイリアの格好を見ても、誰も気にした様子はない。
そこはエンリケに感謝なのだが。
増改築をし過ぎよね。
王様によって好みが様々で、一貫性がないわ。
思わずぼやいてしまう。
この建物は強敵だ。
何個目か分からない渡り廊下を歩いている時、中庭に小さな四阿を見付けた。
「あれは普段使っているのかしら?」
「いいえ、あそこは今使われておりません」
「まあ!凄く可愛い四阿なのに、使わないなんて勿体無いわ」
「あそこは取り壊す予定だったのです。ですが殿下が反対なさって、そのままになっているのです。殿下には思い出深い場所ですから」
「思い出?」
「はい。殿下の亡き兄君で、エドゥアルド前王太子殿下との思い出の場所です。お二人はお小さい頃、いつもあそこで読書をなさったり、お昼寝をなさったりと、とても仲良く過ごされておりました」
「兄上様は亡くなられたのよね」
「はい。もう10年も前になります。お出掛け先で急に亡くなられたという事でした」
「お気の毒だわ。まだ幼かったのでしょう?」
「エドゥアルド様は殿下と同い年ですから、12歳で亡くなられました。エドゥアルド様の方が8ヶ月先に産まれていますが」
「そう。少し四阿で休んでもいいかしら?誰も使わないなら、私が使っても構わないわよね?」
「もちろんです。ではお茶でもお持ちしましょう」
「お願いするわ」
女官は頷き、レイリアを置いてお茶の準備をしに、渡り廊下を戻って行った。
最初は何人かお供を付けられそうになったのだが、一人でいいからと無理を言って逆に良かった。
ゾロゾロと行列を引き連れて歩くなんて、性に合わない。
四阿のベンチに腰掛け、やっと一息つく。
すると何故か袖を引っ張られた。
見ると妖精が引っ張っている。
「あら?こんにちは!どうしたの?私はレイリアよ。よろしくね」
『祝福があるレイリア?来て!泣いてるんだ』
妖精は尚も袖を引っ張り、何処かへ連れて行こうとする。
「私に用事があるの?」
『来て。付いて来て』
レイリアは妖精の必死な様子を見て、これは只事じゃないと思い、後を付いて行った。
妖精は急いでいるのか、走らなければ追い付けない。
必死に走って付いて行くと、比較的新しい宮の、長い回廊へ入った。
妖精はスピードを緩めず回廊を進むと、壁の中に吸い込まれる様に入っていく。
えっ!壁の中って!?
どうやって入るのよ?
レイリアは焦ったが、人気の無いこの回廊では、誰かに聞こうにも誰もいない。
本当に、なんでこの宮だけこんなに人がいないんだろう?
不思議に思いながらも他に方法が無く、試しに壁を押してみた。
ギイという音と共に、壁は回転して別の通路が現れ、そこには一つだけ扉があった。
妖精は扉の前でクルクルと回転して
『早く開けて。早く』
とレイリアを急かす。
レイリアはそっと扉を開けて、周りを見渡しながら中に入った。
扉の中には部屋があった。
小さな窓が二つあり、その側にはぶ厚いベルベットのカーテンが半分閉められた、天蓋付きのベッドがあった。
壁一面には本棚があり、びっしりと本が並べられている。
誰もいないのかと思って、部屋の中央へ進むと
「誰だ?」
と言う声がした。
レイリアが声のする方を見ると、それはベッドの上からで、深い青色の瞳を涙で潤ませた、赤毛の美しい男性が横たわっていた。
読んで頂いてありがとうございます。