告白は早朝に
「まず、私の母の事から話そうか」
ジョアンがそう言うと、レイリアは黙って頷く。
聞き手に徹するつもりで、出来るだけ口を挟まない様気を付けているのだ。
「私の母は、マンソン侯爵の遠縁にあたるモンテイロ伯爵の二番目の娘だった。たいして裕福でもなく、政治的に何の力もない家だったので、自分が将来碌な家に嫁げないだろう事は予想出来た。でも母は野心家で、容姿にも自信があった為、少しでも格上の良家に嫁げる様、普段から努力を怠らなかった。そしてその頃マンソン侯爵は、一族の中から年頃の娘達を集めていた。容姿に優れ、頭の良い娘達を。その中に私の母も選ばれたんだ」
「マンソン一族とは、どういう一族なのですか?」
やはり口を挟んでしまったわ。
だってオセアノの貴族なんて良く分からないんだもの。
話の腰を折って気分を害していないかしら?
「ああ、説明不足だったね。申し訳ない。気になったらどんどん質問してくれて構わないよ。姫君にはオセアノの貴族事情など分からないだろうからね」
えーと、やっぱり調子狂うわ。
だって、なんだか‥雰囲気まで違うわ。
本当に同一人物かしら?
「マンソン一族についてだったね。彼等一族は代々王族と姻戚関係を結んで力を得てきた一族なんだ。一族の中から優秀な娘達を集め、その中から選ばれた者を未来の王妃として育てるというのが彼等のやり方だ。母はそこに選ばれた。そして未来の王妃として選出されたのだ。その時既に王妃はいたというのに」
「どういう意味ですの?」
「自分達一族を凌駕するが如く台頭してきたポンバル侯爵家出身の王妃が、マンソン一族には面白くなかったのだろう。王妃は出産を間近に控え、陛下とは別々の宮で暮らして出産に備えていた。マンソン侯爵はそれを見逃さなかった。母を送り込み、既成事実を作らせたんだ。そしてまもなく母は私を身篭った」
「‥‥」
「母が身篭ったのが分かってすぐ、王妃は兄上を出産した。そしてその一月後に、王妃は突然命を落とした。この意味が分かるかい?」
「‥まさか‥‥」
「マンソン本家には門外不出の薬があるそうだよ。王妃の死因は分からないままで、心臓麻痺で片付けられた。母は王妃に貴重な茶葉が手に入ったと、出産祝いにお茶を贈ったそうだ。たっぷりとその薬が染み込んだ茶葉をね」
とても恐ろしい話を聞いてしまった。
「‥何と‥言っていいか‥‥」
「何も言わずに聞いていてくれるだけでいい。貴女は聞き手で、私は懺悔をする罪人だから。私さえ母の腹に宿らなければ、王妃は急逝する事も無かったし、兄上も母を失う事は無かった。私が宿った事、それ自体が罪であり、母の腹の中で殺人を経験した私は、生まれながらの罪人なんだよ」
「‥でもそれって‥殿下のせいではないじゃないですか。ご自身を責めても仕方ないと思います」
レイリアの言葉にジョアンは、泣きそうな顔で微笑んだ。
「例えば貴女が私と同じ立場だったとして、同じ言葉を言われたら、仕方ないで済まされるかい?」
「‥‥」
「それに、今話した事はまだほんの一部なんだ。そして貴女に協力して貰う為には、この後の秘密を全て話さなければならない」
「今の話より、もっと‥その、過酷といいますか、重いといいますか、そういう話になりますか?」
「そうなるだろうね。それでも私は貴女に聞いて欲しいと思う。ダメだろうか?」
暫く考え込んだレイリアだったが、考えが纏まるとジョアンを真っ直ぐ見てこう言った。
「全てを聞いた上でと言ったのは私です。今更取り消すつもりはありません。それに私は、殿下が私に対して行った行為の、理由を知る権利があります。ですから殿下も私に話す必要があるのです」
レイリアの言葉にジョアンは目を見開いたが、すぐに穏やかな微笑みを浮かべた。
「もし、貴女さえ良ければ、またこの時間この場所で、私の話を聞いて欲しい。私は毎日ここにいるから」
「分かりました。毎日は無理かもしれませんが、必ずまたここに来ます。そして殿下の話を聞きましょう」
「姫君、ありがとう」
「レイリアと。神の前では私も自分を偽わらず、対等に接したいと思いますから」
「では私の事もジョアンと。ありがとうレイリア」
「いいえ。どういたしまして、え〜と、ジョアン‥」
殿下に対して名前呼びは、非常に言いにくかった。
でも偽らないという殿下には、名前呼びをするべきだと思ったのだ。
「それではレイリア、またこの場所で。私は今からあるべき自分に戻る」
「分かりました。では私はこれで」
そう言ってレイリアは、祭壇の前から元来た道を戻っていった。
祭壇の前に一人残ったジョアンは、いつもの顔に戻っていた。
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