危ない橋を渡る
ゴトゴトと森の中を馬車は進んで行く。
座席にはレイリアと、その対面にルイスとアマリアが並んで座っている。
「さてレイリア、僕が何を言いたいのか分かっているよね?」
ルイスはとても意地悪な顔をして言った。
ブンブンと音が聞こえる程勢い良く頷くレイリアに、アマリアはチッと舌打ちをする。
「‥殿下を蹴った事よね?」
「分かってるなら話が早い。ああもう!ちょっとその格好、馬車の中では取ってくれ!顔が見えないと君が反省しているかどうか分からないからね!」
言われてシュンとしながら帽子とベールを取った。
「姫様、シュンとしてもダメですよ。もう少しで全て台無しになる所だったんですから。いくら得意だからといって、回し蹴りを披露する姫君がどこにいます?おや、そこにいましたか。私の見間違いかなとは思いましたが、そこにいましたか!」
お説教中のアマリアは舌好調だ。
「‥殿下には、謝罪したわ」
「当たり前だ!あの小屋の中には僕等と殿下達以外いなかったのがまだ救いだ!もしも衆人環視の中だったらと思うとゾッとするよ!」
確かにルイスの言う通りだ。
謝罪したとはいえ、返す言葉が無い。
「それで姫様、殿下は何と?」
「元より自分の言い出した事だと言って、怒るどころか褒めてくれたわ。中々素早い足捌きだと」
「‥‥奇跡だ!レイリア今日からお祈りをサボるなよ!そして神に感謝しろ!僕は今日奇跡を見た」
「神というよりは、殿下の寛大な処置に感謝ですよ。私なんか驚いて鼻の穴にタマネギを突っ込んだんですから!血液どころか鼻水サラサラですよ!」
「感謝しているわよ。思っていたより話の分かる方だったわ。私を楽しい人だと言って、笑っていたし」
「笑った!?殿下が!?」
「ええ。二回笑ったわ」
「やっぱり奇跡だ!!殿下は愛想笑いしかしないと言われているんだぞ!その殿下が二回も笑ったんだ!レイリアお祈りじゃあ足りない。明日王宮の神殿に供物を捧げるんだ!」
「いやルイス、殿下だって人間だわ。笑うくらいで大袈裟な。たまたま私がツボにハマったんでしょう。なんせ田舎者の天然記念物だから珍しかったのよ」
「姫様、たまたま運が良かったからといって、開き直りは許しませんよ。ドミニク様は姫様にレディになって欲しいと望んでおいでです。姫様がこんなお転婆になったのも、自分が武術など仕込んだせいだと、ご自身を責めておいででした。姫様はドミニク様の期待に応える気はおありですか?私にはそう見えないんですが?」
「‥うっ!お兄様の名前を出されると、何も言えないわ。明日から、明日から頑張るから!」
「その言葉、ルイス様しっかり記録して下さい。幸い滞在先は王宮です。レディ教育には事欠きません。明日からみっちりしごきますからそのつもりで!」
「‥はい」
今度こそ本当にシュンとなった。
「で?殿下と何を話していたんだい?」
「えーと所謂誤解?殿下の考えとか、色々食い違いがあった事とか、まあ色々よ。そこそこ理解出来たわ」
「ふーん。君はあんまり物事を深く考えないからね。ドミニク兄さんが来るまでしっかり監視しないといけないね。明日からくっついて回るから覚悟しなよ。僕はドミニク兄さんに頼まれているんだから」
「‥はい」
「ところでレイリア、殿下は想い人について何か言っていなかったかい?」
「想い人?ああ、とても大切に思っているという事は分かったわ」
「想い人とはどこの誰とは言っていなかったのか?」
「いいえ。ただ‥‥やっぱり何でもないわ」
「何か隠しているだろ?僕には分かる。君は隠し事をする時、視線を逸らすんだ」
「ないわ。よくそんな所見てるわね。レディに失礼よ」
「どこにレディがいるんだい?僕には見当たらないが?」
「とにかくないったらないわ」
「言いたくないなら仕方がない。僕は勝手に調べるさ。殿下の想い人とやらをね!」
「本当に想い人については誰とは言っていなかったのよ。ただ殿下はその方の事を幸せにしたいとだけ言っていたわ」
「分かった。今の言葉は信じるよ。だが僕はやはり調べる必要があると思う。殿下に望まれて誰にも知られない女性など、このオセアノにいる筈がないんだから」
「どういう事?」
「つまり、実在するのかって事だよ。普通は殿下に話しかけられただけで自慢したり、噂に上ったりする筈だからね。でもこの想い人に関しては、全く何の情報もない。だから僕は疑問に思うんだ。本当に実在の人物なのかと」
「‥確かにそう言われてみればそうね‥‥」
殿下が王太子を退く事で、想い人は幸せになれると言っていた。
と、いう事は想い人とは少なからず存在するという事なのだろう。
これはルイスには話せない。
いずれにせよ殿下の秘密を聞かない事には、想い人とは誰なのかも分からないのだ。
陛下が戻るまでには‥と、殿下は言っていた。
でも一つだけ教えてくれた言葉が引っかかる。
「私は生まれながらの罪人なのだ」
この言葉の意味を考えると、レイリアは秘密を知るのが恐ろしくなった。
読んで頂いてありがとうございます。