誤解と偏見
ジョアンの言葉に、レイリアは何と言ったら良いか暫く考えた。
「殿下、一つだけという事は、これ以上は教えて頂けないという事ですよね?」
「今は、これ以上話す事は出来ない。だが姫君には時を置いて、全て話すつもりだ。こんな事を突然話して申し訳ないのだが。そして厚かましい願いとは承知しているが、私が失脚出来る様、姫君には協力して貰いたい」
突然のお願いに、はい分かりましたとは言えなかった。
これは私が口を挟んでいい問題ではない。
決めるのは陛下だ。
「協力するとは言えません。現時点で分かっている情報は少なすぎますし。それに、私より殿下の側近の方々の方が力になれるのでは?エンリケ殿とか」
「エンリケにも誰にも本当の事は話せないのだ。それに仮に話せたからといって、彼等は協力出来ないだろう。自分達の主人が失脚する手伝いなど、彼等は絶対にやろうとは思わないから。そういった意思を持った者だけが、篩にかけられ側近として選ばれる。だから私に味方はいない。せいぜい見捨てられる様に振る舞うだけなのだ」
困ったわ。
これ全部聞かなかった事に出来ないかしら?
ああでも、重大な話を聞いた後だし。
「時を置いてと仰った訳ですが、やはり全てを聞いた上でないと私には判断しかねます。その上で返事を致しますが、それでもよろしいでしょうか?」
「構わない。ありがとう」
「何故感謝など?私はまだ協力するとは言っておりませんよ?」
「誰にも話せなかった話を、聞いて貰えたからだ。今後がどうなるかは分からないが、少しだけ気持ちが楽になった。ある人物に教えて貰ったのだ。こういう時はありがとうと言うものだと」
「それなら私はどういたしましてと言いましょう。そして私も殿下に謝罪致します。いえ、謝罪させて下さい。怒りに任せてとはいえ、あり得ない事をしでかしました。殿下を蹴るなど、あってはならない事でした。申し訳ございません!」
段々と冷静になってきたレイリアは、自分の行為が絶対にやってはいけない事だったと、今更気付いて血の気が引いた。
後でルイスとアマリアに大目玉だろう。
「蹴りか。確かにあれは効いた。姫君は武術の心得でもあるのか?中々素早い足捌きだった」
思い出したのかジョアンはクスクスと笑った。
「お怒りではございませんの?よりによって手を‥いえ、足を上げたんですよ?」
「元より私の言い出した事だ。怒る訳がない。それに、いずれ王太子でなくなるつもりなのだから、私に気兼ねする事はない」
ジョアンの寛大な言葉に、レイリアは少し驚いた。
「失礼ですが殿下は、思っていたよりずっと、話の分かる方なのですね」
「それは今だけだ姫君。私は傲慢で身勝手などうしようもない奴なのだよ」
「‥あの、恥ずかしながら、兄に仕込まれました」
「ドミニク殿に何を?」
「武術です。主に体術ですが」
それを聞いたジョアンはまたクスクスと笑った。
「姫君、貴女は中々楽しい人だ。やはり私などと結婚してはいけない。陛下が戻られるまでには、貴女に秘密を話そうと思う。出来れば前向きに検討して貰いたいのだが」
「内容次第によりますが、聞いてしまったら後戻り出来ない気がします」
「それは姫君の判断に任せる。ひとまずこれで、私の話は終わりだ。そろそろ迎えも着いているだろう。姫君は王宮で疲れを癒してくれ」
ジョアンはそう言うと立ち上がり、またレイリアの手を取って小屋の外までエスコートした。
外にはジョアンの言った通り馬車が用意されており、その前でルイスとアマリアが待っていた。
「では、王宮で!」
そう言うとジョアンは馬に跨り、エンリケを連れて駆けていく。
レイリアはアマリアとルイスに睨まれながら、冷や汗をかいて馬車に乗り込んだ。