後悔先に立たず
「‥‥姫君がそう仰るのは無理もない」
静まり返った執務室で、最初に口を開いたのはエンリケだった。
「とにかく、至急姫君の元へ向かわなければならない。これ以上の無礼は、ブラガンサ殿の仰った"最悪のパターン"になり得る。いや、時すでに遅しかもしれない。今我々に出来る事は、謝罪以外何も無い!」
エンリケはそう言うと、直ぐに馬の準備を言い付けた。
さっきから黙ったままのジョアンに、エンリケは厳しい口調で声をかける。
「殿下!呆けている場合ではありませんぞ!これは全て殿下の蒔いた種なのです!最悪のパターンを阻止する為にも、殿下には頭を下げて貰います!」
ジョアンはハッとして頷くと、ルイスの足元へ跪いた。
「ブラガンサ殿、今回の事は全て私の責任だ。先ずは貴殿に謝罪する。すまなかった」
ルイスの前で頭を下げる。
「臣下の私に頭を下げるという勇気は認めましょう。ですが果たして、姫君が謝罪を受け入れるでしょうか?それに殿下は、どう責任を取るおつもりですか?」
「姫君に謝罪を受け入れて貰う為ならば、どの様な条件も受け入れよう。私の出した条件は、余りにも馬鹿げた条件だった」
「ならば姫君にそう伝えて下さい。どうするかは姫君次第です」
「分かった。本当にすまなかった」
意外と素直だなと、ルイスは思った。
大国の王太子が臣下に頭を下げるなど、簡単に出来る事では無いのだが。
こんな事が出来るのならば、あの様な条件など出さず、最初からレイリアを受け入れていれば良かったのに。
殿下がああも頑なにこだわる想い人とは、いったい誰なのか?
少し調べてみる必要があるな。
殿下の行動には矛盾が多い。
とりあえず、今は様子を見よう。
言質は取った。
僕の役目は終わりだ。
さっきエンリケが言い付けた家来が戻って来ると、エンリケが執務室を見渡しながら言った。
「馬の準備が整いました!直ちに姫君の元へ向かいましょう!シモン、ミゲルはお前に任せる。とりあえず今は牢にでも入れておけ!」
「お任せ下さい。兄上に相応しい牢を用意致しましょう」
「なっ!?お前、さっきは兄などいないと!あれ程残念だと言ったくせに!」
また何やら騒ぎ出したミゲルを尻目に、一同はレイリア達のいる小屋へ急いだ。
一方のレイリアは、離宮の捜索隊を頑なに中には入れず、アマリアと共に小屋に引きこもっていた。
「姫様、それ、まだやります?」
「当然!見せつけてやるのよ。殿下の条件がどういう物かを」
「‥でも決め台詞とか、今イチ格好がつかない気が‥」
「いーのいーの。私達はジワジワとがモットーよ。この馬鹿げた格好で"あーやっちゃったな〜"と何度も思わせるのがいいのよ」
「思いますかね?私には痛い人にしか見えないんですけど」
「大丈夫!この格好は確認済みよ。最初の面会で、確かに殿下は動揺していたわ」
「あんまり痛い人過ぎて動揺したんじゃありませんかね?」
「大丈夫だってば!これでいいのよ。完成!」
レイリアは帽子とベールで、十項目第六"なるべく顔を見せない事"の準備をした。
「後は殿下の到着を待つだけ。ワガママ殿下にはこれで十分だわ。こんなワガママ言う人は、きっと一人っ子ね」
「姫様は一人っ子に対して偏見を持ち過ぎです!一人っ子に謝って下さい。それに王族の家系図くらい頭に入れて下さいよ。殿下は一人っ子ではありません」
「え?」
「殿下には腹違いの兄君がいます。亡くなりましたが」
「嘘っ!兄弟がいてあれ?」
「まあ、何というか、色々と複雑なんですよ。大国の王族という物は」
「それで考え方が歪んでるのかしら?どうかしてるなぁとは思ってたんだけど」
「そんな事を勉強していない姫様の方が、よっぽどどうかしてます。もっと厳しくする必要がありますね」
「藪蛇だったわ」
「何ですか?」
「ううん、何も。とにかく、アマリアの役目は"大袈裟に泣く侍女"だから、しっかりね」
「分かってますとも!迎え撃ちましょう」
まあ、アマリアに至っては、普段から大袈裟に泣く侍女なんだけど。
本人自覚がないのよね。
さて殿下、首を洗って待っていなさい!
あ、待っているのは私達か。
私って緊張感無いわねぇ。
読んで頂いてありがとうございます。