エルナン翼と秘密の扉
「また食欲が落ちているんだって?ダメだよ、食事はしっかり摂らないと」
「相変わらず心配性だなお前は。私の心配はいい。忙しいのだから私の事は気にせず、もっと自分の時間を大切にしなさい」
「私にとって何より大切なのは貴方との時間だよ。それに私は貴方の為に出来る事は、全て行うつもりだ。貴方は幸せになるべき人なんだ」
「私は幸せだよ。こうやってお前が心配してくれる。そして何者でもない私を、唯一名前で呼んでくれる。これ以上何を望むというんだい?」
「望んで欲しい。私の持っている物は全て貴方が持つべき物なのだから」
体を起こし、クッションを背中に当て、ベッドに寄りかかる男性は、穏やかに微笑みながらフルフルと首を振る。
「いいんだよ。私の為に責任を感じる必要はない。さあ、帰って自分のやるべき事をやりなさいジョアン」
僅かな時間しか都合出来ない事を知っているのだろう。
それ以上は何も言わず、男性は静かに目を閉じた。
「また来るから」
と、言って立ち上がり、手を握ってそっと部屋を出る。
隠し扉を潜って磨き抜かれた長い回廊へ出ると、床には傲慢で愚かな男が映っていた。
「やるべき事は一つだけだよ。その為の手段は選ばない。もう少し待っていてくれ」
ジョアンはそう呟くと、コツコツと回廊を歩いて行った。
「殿下!そちらにいらっしゃいますか殿下!」
回廊を抜けた先の渡り廊下からジョアンを呼ぶ侍従の声が聞こえる。
オセアノの王宮は歴代の王達が増設を重ねて、複雑な構造になっていた。
たった今ジョアンが出て来た宮は、エルナン翼と呼ばれる、現王が増設した宮だった。
この宮に入れる者は、ジョアンが選んだほんの数人のみ。
それ以外の者の立ち入りは、固く禁じられている。
「なんだ騒がしい!誰も近付くなと言っておいたであろうが!」
「そんな事言っている場合ではございません!緊急事態です!!」
「何だ?何があったというのだ?」
「バルコスの、バルコスの姫君が行方不明になりました!!」
「何っ!!!!」
「大至急執務室へ向かって下さい!ブラガンサ殿は大層お怒りで、私共には対応出来ません!」
「分かった。歩きながら状況を話せ!」
ジョアンと侍従は早足で執務室へ向かった。
侍従の話では、ブラガンサ殿が物凄い剣幕で執務室の扉を壊し、机を蹴り上げ暴れているという。
呼ばれてやってきたエンリケに制止されるが、王太子を出せと怒鳴り散らしているそうだ。
「ブラガンサ殿は姫君が行方不明だと言ったのか?」
「はい。詳しくは殿下が来てからだと仰っています」
「‥ミゲルには何か聞いたか?」
「既にエンリケ様が手配なされております。近衛の弟君に連れて来る様指示しておりました」
「そうか。だがミゲルが何をしたとしても、全ては私の責任だ。姫君には私の傲慢さと愚かさを、陛下に進言して貰うだけで良かったというのに」
「殿下?」
「独り言だ。色々と焦ってしまってな。執務室へ急ごう」
ジョアンは走り、侍従はその後を着いていく形になった。
執務室の扉の前に辿り着くと、扉のノブは破壊されていた。
殺人的暑さの中、熱中症に気を付けて下さいね。
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