ロナウド・オセアノス
第2部始まります
心地よい風が木立ちの間を縫って、少年の頬を撫でる。
森の中でもとりわけお気に入りのこの場所は、最近見つけた高い木の上。
太い幹に体を預けて頭の後ろで腕を組むと、光を纏った友人がフワリと姿を現した。
『いいのかロナウド?さっきからお前を探して彼が叫んでるぞ?』
思わずうっとりと聞き惚れてしまいそうないい声で、友人は少年の名前を呼ぶ。
少年の名前はロナウド・オセアノス。
オセアノ第1王子にして、大国オセアノの王太子殿下だ。
「いいんだよ。分かっててやってるんだから」
のんびりとした調子でロナウドが答えると、友人は呆れた様に肩を竦めた。
まるで人間の様な仕草をするんだからなあ。
ホント、世話好きというか。
ふと、そんな事を思い、ロナウドは苦笑を漏らす。
何故ならこの友人が"妖精"と呼ばれる類の存在だからだ。
物心つく前から、ロナウドには彼等の姿が見えていた。
そういった目を持つ人は、"妖精の国"と呼ばれるバルコスには稀にいるのだと、同じくその目を持つ母は言う。
だけど母にも誰にも言えずにいる事がロナウドにはある。
この目の前の友人だけは、他の妖精と全てが違うのだ。
たまに見かける妖精達は、皆小さな子供の姿をしている。
ところが彼はロナウドの成長と共に、彼自身も成長して来たのだ。
不思議に思ったロナウドは、何度か彼に尋ねてみた。
けれど『いづれ話す時が来る。それまでは秘密にしておくが良い』と言って、彼は眩しい笑顔を向けるのだ。
まあ、それならその時を、気長に待てばいいやと思い、ロナウドは深く考えず友人として接している。
『あまり油断してると、足元をすくわれるぞ』
「へーきへーき。見つかってもこんな高い所まで、登って来れやしないって」
心地よい風に誘われる様に、欠伸混じりにロナウドが答える。
「どっせい!!」
突然の奇妙な掛け声と共に、ロナウドの寝そべる木が激しく揺れ始めた。
「うわぁっ!!」
体勢を崩したロナウドは、高い枝の上から転げ落ちる。
とはいえ持ち前の身体能力で、まるで猫の様にクルクルと回り、木の根元へ上手く着地した。
「ふぅ〜危なかった。何なんだよ今のは?」
「フッフッフ。ほら、私にかかればこの通り!この道‥ン十年の技を見ましたか!」
腰に手を当てフンッと鼻息荒く木の根元に立つのは、生まれた時から良く見知った母付きの侍女の姿。
その横には完全にまいたと思った従者が、侍女に向かって拍手を送っている。
「ズルいぞエン‥ジュニア!アマリアを助っ人に連れて来るなんて!」
「誰がそんな技術者みたいな名前ですか!殿下、何度も言いましたが、私の名前はエンリケ・ジュニアです!我がオセアノの宰相エンリケの息子にして、その名を受け継ぐ貴方の従者です!」
「あ〜はいはい、分かってるよ。でもさ、名前被ってるから呼びにくいんだよね」
「あ、それ私も思いました。流石はエンリケ様ですよ。自分の名前を息子につけるなんて、何のひねりもない技をやってのけるんですからね」
「あ、やっぱ皆んなそう思ってるんだね。それもそうか」
アッハッハと笑い合うロナウドとアマリアを横目に、エンリケ・ジュニアはプルプルと震えている。
「殿下!私はそんな話をしに来たんじゃありません!ご自分が何をしでかしたのか分かっていらっしゃるんですか!?」
「分かってるよ。お茶会をすっぽかした事だろ?」
「そうです!今日集めた御令嬢達は、皆殿下の婚約者候補だったんですよ!!」
ハァと一つ溜息を吐き、ロナウドがウンザリした顔をする。
「僕は出ないって言ったよね!?大体さ、僕はまだ15歳だよ。早過ぎるって」
「私も早いに越した事はありませんと言いましたよね!?くれぐれも忘れずに!とも。幸い姫様達のフォローでお茶会はなんとかなりましたけど、せめて見送り位は顔を出して頂きますよ!!」
どういう訳だかここ最近、やたらと縁談を勧めて来るこの従者に、ロナウドは少々辟易していた。
さて、どうやって逃げようかな?
頭の中で考えを巡らせ、ふと、友人の姿を目に留める。
すると何故だか彼は侍女の方を指差した。
それが何を意味するのかは分からないけど、少なくとも彼が味方である事だけは確信している。
何となく話をそらす様に、ロナウドは侍女に話しかけた。
「え〜っと、アマリアもその件で来たの?」
「はっ!そうでした、最近すっかり物忘れが酷くなって、別の用事で来たのを忘れていました。実はマテウス殿下がお昼寝から目覚められて‥」
「大変だ!!それは直ぐに行かなければ!!最優先事項だ!アマリア、良く報せてくれたよ。て、事で、エン‥ジュニア、後の事はよろしく〜!」
侍女の言葉を遮り一息に言い放つと、ロナウドは風の様にその場から走り去った。
「ちょっ‥殿下!待っ‥」
従者が口を開いた時には、既にロナウドの姿は小さくなり、取り残されたアマリアにポンと肩を叩かれていた。
「まあ、気持ちは分かりますけど、やり方が良くないですね。ロマンスのプロ目線からすると、ありきたりな出会いの場なんて、つまらない事この上ないの一言に尽きます。恋に落ちる時は、例え相手がガウン姿だって関係ないんですから」
「‥侍女殿、何の話をしているんですか?」
「ああ、まあ、そういう例もあるって話ですよ、エン‥ジニアさん」
「わざとですよね!?今わざと間違えましたよね!?何度も言いますが、私の名前はエンリケ・ジュニアです!呼びにくいならせめて、エンジュとでも呼んで下さい!」
カッと顔を真っ赤にして、従者はプンプン怒りながらその場を立ち去る。
取り残された侍女はしみじみと「堅物なのがたまにキズだけど、ネーミングセンスは父親より上だわね」と呟いた。
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