【その後】ハナ歌ってやつ
「わーたしはペードロ、ペドロ♪」
そう、俺の名前はペドロ。
なぜかジョアン殿下に気に入られて、普段は殿下の書類運びなんかをやっているが、本業は密偵だ。
ああ、そんな事より気になるのはハナ歌の方か。
別に歌が好きとかそういう事じゃないけど、どうせ仕事をやるなら楽しい方がいいだろ?
だからどこかで聞いた歌を口ずさんでみたって訳だ。
それに、密偵って仕事は基本無口だ。
まあ、本業でのストレスを発散しているって話さ。
おっと!歌っていたら、いつの間にか執務室の前だった。
廊下はいいけど、さすがに執務室では歌えないよな。
はい、顔を引き締めるーからの、いかにも仕事やってましたアピールで入室だ。
「旦‥ジョアン殿下、エンリケ様からの書類を、お持ち致しました」
「ああ。ホド‥ペドロ、ご苦労だった」
「いやいや殿下、その間違え方は無理がありますって。ホセやホアンは別の仕事で、一昨日からいないんですから」
「‥バレたか。でもお前も旦那と呼ぼうとしただろう?別にいいんだぞ、旦那でも」
「そこはちゃんとしとかないと、一応けじめってやつですよ。殿下だってホドロが呼びやすいなら、ホドロでいいですよ」
「いいや、たまにちょっと間違える所を、私は気に入っているのだ」
「はあ、まあ殿下が気に入っているなら、それでいいですけどね。それじゃあ出来上がった書類を頂いて行きます」
「いや、待てペドロ、さっきの歌は何の歌だ?」
「えっ!?歌って‥アレ聞こえていたんですか?」
「自慢じゃないが、私は地獄耳なのだ。お前がやけに楽しそうに歌うから、気になってな。アレは何の歌なんだ?」
「何のって言われても答えようがないです。どこかで聞いた覚えがある歌を、適当に歌っていただけですから。要はハナ歌ってやつですよ。ハナ歌ってのは大体そういうもんですよ」
「なるほど‥そういう物なのか。私はハナ歌という物を、口ずさんだ事がないからな」
「えっ!?それはビックリ!そんな人いるんですか?」
「ここにいる。そんなにおかしいか?」
う〜ん、これは返答に困るな。
殿下は変に真面目だし、意外と素直だ。
ここで「おかしいです」と言えば、ハナ歌の練習をし兼ねない。
ハナ歌を口ずさんで王宮の廊下を歩く殿下を、見てみたい気はするが、家臣に見られたら困るよな。
きっと皆んな対応に困る筈だ。
「中にはそういう人もいるんじゃないですかね?」
うん、我ながら上手い答え方だ。
困った時はファジーな返事が一番ってのは、大人だからね、それなりに学んでいるさ。
「中には‥とは、どの中なのだ?」
うおいっ!なんでそこ突っ込んで聞いて来るかな?
う〜ん、仕方がない、奥の手を出すか。
「俺に聞くよりエレナ様に聞かれた方がいいと思いますよ。ほら、俺と違って学があるんで、上手く説明してくれるだろうし、庶民の生活にも詳しいですからね。いや〜殿下が羨ましいや!あんないい奥さん貰ったんですから!」
「そうか、それならエレナに聞くとしよう。確かにお前の言う通り、エレナはいい「奥さん」だからな」
やっぱ困った時のエレナ様だ。
ジョアン殿下にはこれに限る。
まっ、これ以上質問される前に、さっさとここから退散だな。
「それじゃあ殿下、この書類を配達して来ます。あ、エレナ様によろしく言って下さい」
「ああ。頼んだぞ」
執務室の扉を出て、再び俺はハナ歌を口ずさむ。
するとどうだろう、執務室の中からさっき俺が口ずさんだ、ハナ歌が聞こえて来るんだからビックリだ。
しかも名前はホドロだった。
まあ、それは別にいいけどさ、なんか殿下って‥俺の事大好きだよね!?
俺の名前はペドロ。
なぜかジョアン殿下に気に入られて、普段は殿下の書類運びなんかをやっているが、本業は密偵だ。
そして時々ホドロと呼ばれる。
読んで頂いてありがとうございます。