【その後】義兄から兄へ
人には一つ位の特技という物が、探してみればあるものだと、義兄を見てつくづく思う。
おっと!つい呼び慣れた義兄の方を使ってしまったが、晴れて兄と呼べる様になった今、その訳を説明しなければならないな。
マンソン一族では血統を何より重んじる為、庶子である私は一族の一員とは認められずに育てられた。
その為正式に我が家の後継者となった際も、養子という形で迎えられる事となった。
つまり血が繋がっているにも関わらず、私は父の義理の息子という形にされた訳だ。
ところがここに来て状況は一変し、本家の侯爵様が罪人になるという大事件が起きた。
その上一族の中には過去に不正を行っていた者もいて、その連中も当然捕らわれ一族の威光は地に落ちた。
今やマンソン一族と言えば国中の貴族から蔑まれ、疎まれる存在だ。
しかしこれはむしろ私の望んだ事であり、唯一陛下の庇護を受けた我が家以外のマンソン一族など、気にかけてやるつもりは毛頭無い。
長年私を蔑んで来た連中だ。
義理も無ければ情も湧くものか。
おっと!少し愚痴っぽくなってしまったな。
とにかく今となっては一族の血統などあって無い様なもので、私は庶子である事を堂々と公表してやったのだ。
むしろ純粋な血統の一族よりは世間の受けも良く、父も家を守る為ならと認めざるを得なかった。
お陰で私と兄は正式な兄弟になり、義兄を兄と呼ぶ様になった訳だが、これはどちらかと言えば有り難くない話だ。
あの兄と正真正銘血の繋がった兄弟であるとは、あまり大きな声で言いたくないからだ。
まあ、兄も侯爵様の事件で案外役に立ったので、一応身分を取り戻したのだが、本質的にはそう極端に変わる筈もなく、義兄であろうが兄であろうが何一つ変わっていないのは説明しなくてもいいだろう。
そんな兄ではあるが、なんと農場で驚くべき才能を発揮したのだ。
農場では主に品種改良をした苗を栽培しているのだが、その中でも接木をした苗を育てるのに、兄は適していたらしい。
接木とは、例に挙げれば病気に強い品種と、実を沢山つける品種の苗同士を繋げた物で、兄が接木をした苗は、通常よりも長持ちの上、実の甘味も増しているそうだ。
今ではその腕を買われて、王都にある種苗育成所で技術者として働いている。
そこで冒頭の回想に戻るのだが、あの兄にそんな才能があったなどとは、今でも信じられない気持ちである。
私も後継者としての責務を果たさなければならないので、現在財務部秘書官として王宮勤めをし始めた。
そんな私の元にある日、ジョアン殿下から呼び出しが来たのだ。
仕事の面で直接呼び出される事は無いので、おそらく収監されている一族についてだろうと予想して執務室へ向かうと、そこには何故か兄の姿があった。
「仕事を中断させてすまない。実は今日呼び出したのはここにいるミゲルについてだ」
「兄ですか?ひょっとして兄がまた何かしでかしたのですか!?」
「こらこらシモン、殿下の話を最後まで聞きなさい。素晴らしい話なのだからな」
兄についての話ならば、およそいい話である筈が無いと、私はキリキリと痛む胃の辺りを摩ったのだが、そんな私の心情とは裏腹に、やけに嬉しそうな顔で兄は言う。
「日頃の行いで聞いたのですよ兄上。どうせまたくだらない事に首を突っ込んだのでしょう?ジョアン殿下、一体兄は何をしでかしたのでしょうか?」
するとジョアン殿下は珍しく微笑みを浮かべて
「悪い話ではない。まあ、座って話そう」
と仰った。
今迄滅多に笑顔を見せなかったジョアン殿下も、エドゥアルド殿下が戻られてからというもの、こうして時々笑顔を見せる事がある。
女官達の噂話では、エレナ妃といる時は特に笑顔を絶やさず、見た事も無い程優しい顔をされているそうだ。
ただ、兄に関する事で笑顔を見せるとなると、どうも合点がいかない。
訝しげな顔の私に、ジョアン殿下は
「心配するな。ミゲルの言った通り、いい話をするのだから」
と、気遣って下さった。
「いい話‥ですか?兄についてのいい話とは想像も出来ませんが、どの様な話なのでしょう?」
「実はな、東方の砂漠地帯にあるアルドという王国と、我が国とで農業提携をする事になったのだ」
「アルドといえば砂漠のオアシスとして有名な国ですね。王都スワヒールは東方最大の交易都市と呼ばれていますが、そこと農業提携となると‥難しいのではないでしょうか?」
「さすが其方は優秀だな。知っての通り砂漠地帯故、豊富な水量はあれど農業に適した土地ではない。だから今迄砂漠に強いナツメヤシの様な植物のみを栽培して、殆ど輸入で賄って来たのだ。ところがこの輸入が問題でな、随分と高値で取り引きされる割には、あまり良い品が入って来ないそうだ。そこで何か良い手立てはないかと考えた末に、我が国の品種改良技術に目を付けたという訳だ」
「成る程。殿下の行っている品種改良事業には、各国も関心が高いですからね。ですがそれと兄がどう関係してくるのですか?」
「それがな、専門家が話し合った結果、そういった土地で作物を育てるには、接木が最適だという結論が出たのだ。では技術者として誰を送るかという話になった時、全員一致でミゲルが推薦されたのだよ。だからミゲルには技術者として、アルドへ行って貰う事になったのだ。そこでここからが本題なのだが‥其方は十分すぎる程ミゲルを知っているであろう?だから一人で行かせてはならないという事も、其方が一番良く分かっている筈だ」
「ええ、そうですね。一人で行かせたらオセアノの評判を落とし兼ねません。しっかり兄の手綱を握れる同行者が必要だと思います」
「私も同じ考えでな、だから誰が一番適任かと考えたのだが‥其方以上の適任者は思い浮かばなかったのだ。シモンよ、すまないがミゲルと一緒に暫くアルドへ行ってくれないか?」
「ええっ!?私がですか!?」
「其方以外には頼めないのだ。他の者では手に負えぬからな。万が一にも、オセアノの評判を落とす様な事があってはならないのだ。その代わりと言ってはなんだが、仕事や家の事については特別に便宜を図ろう。どうだ、行ってくれるか?」
正直行くとなると四六時中兄と顔を突き合わせなければならないので、行きたくない気持ちの方が強いが、殿下の言う通り私以外に適任者はいないだろう事も分かっていた。
「‥‥殿下にそこまで言われては、断われる訳がありません。分かりました、兄に同行致します」
「行ってくれるのか!!さすがシモンだ、其方ならそう言ってくれると信じていたぞ。大変な任務だがミゲルの腕が役に立つのだ、見事成果を上げてくれる事を期待している」
「お任せ下さい殿下、私ミゲルがしっかり役目を果たして参ります!」
「うむ、多少の不安はあるが其方の腕を活かすまたとない機会だ、期待通りの働きをしてくれる事を願うぞ」
殿下にこう言われた兄は、それはもう大層な浮かれ具合で、褒められた事の無い人間が褒められるとこうなるのかと、ある意味勉強になった。
後日、兄の我儘で予定より半月も早く出発した私達は、母の実家の買い付け人と共に船でナザロという港町まで移動した。
彼等はこの港町でも仕入れがあるので、一旦別れてアルドで落ち合う事になったが、それはまた別の話で報せる事となるだろう。
とりあえずはこうして私と兄は、異国で5ヶ月も共に暮らす事となった。
私はこの時強く思った"アルドに着いたらまずは胃薬を買いに行こう"と。
彼等に関しては「アルドの花嫁」とリンクさせていきますので、興味のある方は覗いてみて下さい。
読んで頂いてありがとうございます。