幕開け
それから2日後、予定通り裁判が行われた。
被告人席にはゲレイロ伯爵、フェレイラ男爵、2人の息子であるイケルとセルヒオを始め、第2小隊の数人の他に、マルグリットやフォンテ男爵とその子息が座っている。
そして別に設けられた重要参考人席には、マンソン侯爵の姿があった。
マンソンは入場してきた時こそ不機嫌な様子をあらわにしていたが、被告人席のフォンテ男爵の姿を見とめた瞬間、余裕たっぷりに笑みを浮かべ、大人しく座ってから目を閉じた。
レイリアはイザベラと一緒に傍聴人席に座って、その様子を眺めている。
いつもなら空いている傍聴人席も、今日は野次馬根性丸出しの貴族達で、ギュウギュウに埋まっていた。
それから暫く待つとラッパの鳴り響く音と共に、国王とエディが入場して来た。
場内は一斉に立ち上がり、皆息を飲んで国王の言葉を待つ。
「皆の者着席せよ。これより第一王子襲撃事件の裁判を行う」
国王の言葉を合図に、全員が一斉に着席した。
「いよいよね‥」
イザベラが呟きながらレイリアの手を握ると、レイリアも頷きながら握り返した。
「初めに宣言する。この裁判は私自らが執り行う事とする!」
国王が声高らかにこの様に述べると、傍聴人席はザワザワと騒がしくなった。
「陛下自らが裁判を執り行うですって!?」
「こんな事は前代未聞だ。だが、王子を襲撃したとなると‥裁判を開いて貰えるだけましだろう」
近くに座っている紳士や貴婦人が口々に呟いた。
彼等の言う通りわざわざ裁判を開かなくとも、罪状は明らかなこの事件を、こうして大々的にやるという事は、そこにどんな意味があるのか‥彼等は見定め様としているのだ。
「被告人イケル、セルヒオ前へ!」
呼ばれた2人はエディの前にある台の上に進んだ。
セルヒオは俯いていたが、イケルは虚ろな目をして前を見据えている。
至近距離で吸った為か、イケルはまだ『妖精の雫』の効果が切れていない様だ。
国王が合図を送ると、ポンバル侯爵が彼等の行った犯行と事件の志望動機、それから被告人席の面々との関係性と繋がりを読み上げた。
ここで志望動機の際にマンソンの名前が出ると、会場はどよめきに包まれた。
しかし、当のマンソンは目を閉じたまま、全く動揺する気配もない。
「イケルよ、今読み上げた内容に間違いはないだろうな?」
「‥間違いございません」
イケルは虚ろな目をしながらも、はっきりと肯定の言葉を口にした。
横に立つセルヒオは体をビクッと震わせたが、前を向けないのか俯いたままだ。
「それではセルヒオ、お前はどうだ?」
「間違い‥ございません‥‥」
セルヒオも同じく肯定し、がっくりと肩を落とした。
現行犯で捕らえられた彼等には、言い逃れをする事は出来ない。
「聞いての通り2人は罪を認めた。刑を言い渡すまで、席で待つが良い」
スゴスゴと元いた席に戻る2人を、ゲレイロ伯爵とフェレイラ男爵は青い顔で見つめている。
「では‥残りの者前へ‥と、言いたい所だが、大勢いるのでな、その場で起立せよ」
国王に言われた通りイケルとセルヒオ以外、被告人席に座っていた面々は、全員立ち上がった。
「ゲレイロ伯爵、其方の息子は罪を認めたぞ。息子が聞いたという暗殺計画について、詳しく話して貰おうか?」
「‥息子は‥息子は罠に嵌められたのです!ですから暗殺計画などでっち上げです!」
ゲレイロ伯爵はブルブルと震えながら、必死の形相で訴えた。
会場は途端にざわめき、傍聴人席の貴族達は皆口々に疑問を呟いている。
「静粛に!皆の者口を閉じぬか!」
国王の声でそれぞれ勝手な憶測を言い合っていた貴族達は、一瞬にして静まり返った。
「罠に嵌められたとな?どの様な罠か話してみよ」
「はい‥。私がマンソン侯爵と話していたのは、暗殺計画らしき怪しい動きがあるという事です。これがどうやらそこにいるフォンテ男爵の計画の様だと、マンソン侯爵は打ち明けて下さいました。遠縁とはいえ親戚筋、このまま見過ごす事は出来ないと、マンソン侯爵は胸を痛めておりました‥。息子はそれを聞いたのでしょう。正義感の強い息子故、暗殺計画を阻止しようと、独自の判断で動いたのだと思います。ですが‥マルグリット嬢に罠に嵌められたのです」
「な、何を言っているの!?貴方の息子など面識も無いわ!!それこそでっち上げもいいところよ!それに、陛下の親戚であるこの私に、罪を被せようったって出来る筈が無いわ!!」
「被告人は指名されるまで勝手に口を開くでない!」
国王がピシャリと怒鳴り付けると、流石にマルグリットも黙り込んだ。
国王は溜息を吐いてマルグリットを見つめると、呆れた様な顔をして話し始めた。
「マルグリットよ、其方にはまだ知らせていなかったな。其方は既に養子縁組を解消されておる。元々どこぞの輩に嵌められ、借金を背負わされる変わりに其方を養女にしただけの縁だ。罪を犯した者を喜んで養女にしたいと思う者は、このオセアノにはいないだろうよ。そして何より、私は其方の様な振る舞いをする者に、我が母の生家の評判をこれ以上落とされたくない。其方は今何者でもない、ただのマルグリットであり、犯罪者である事を忘れるな!」
国王にこう言われて、マルグリットは呆然と立ち尽くした。
ゲレイロ伯爵はこの言葉を聞くと気を良くして、スラスラと続きを話し始める。
「この通りアバズレの娘です。息子の様なウブな若者は、簡単に手玉に取られたのでしょう。自らが手引きした刺客を、エドゥアルド殿下に扮した刺客が入り込んでいるなどと嘘の情報を流し、息子はそれを信じて殿下を捕らえようとしたのです。そしてエンリケ殿が黒幕だと偽りを申し、そちらも捕らえようと向かっただけなのです」
「ほう?アバズレとな。手の平を返すとはよく言った物よ。私の記憶ではそのアバズレを、エドゥアルドの妻にと推していたのは、其方だった気がするが?」
「あ、あれは‥この娘の本性を見抜けなかった、私の落ち度でございます。この悪女は男を手玉に取るのを得意としておりますから、私もまんまとだまされました‥」
「つまり其方は、全てこのマルグリットと、フォンテ家の仕組んだ事で、其方達は罠に嵌められただけだと申すのだな?」
「はい、その通りでございます!我々はむしろ被害者であり、罪に問われる謂れはございません!」
「そうか。そう断言するならば、証人を呼ぼう。エドゥアルド、証人をこれへ!」
「はい。それでは連れて参ります」
エディは立ち上がると、自分の座っていた席の後ろにある、小さめの扉を開けて中から数人招き入れた。
入って来たのはドミニクを先頭に、ルイスとリカルド、ルイ達だった。
「ドミニク殿下だわ!負傷されているという噂を聞きましたけど、相変わらずなんて麗しいのでしょう!」
貴婦人達のそんな溜息にも似た囁き声で、会場はまた騒がしくなったが、国王が咳払いをするとシンと静まり返った。
「陛下、ここからは私が進めてもよろしいでしょうか?」
エディがそう言うとマンソンは少しだけ体を動かした。
「よかろう。何といっても当事者だからな。ゲレイロ伯爵の証言が正しいのかどうか、全て明らかにしてみせよ」
エディを始めドミニク達も頷き、会場全体を見回した。
そこでレイリアと目が合うと、エディは柔らかな微笑みを浮かべたが、それは一瞬の出来事で、すぐに厳しい表情を貼り付けた。
レイリアは手を組んで心の中で祈りを捧げた。
エディ、お兄様、ついでにルイス‥。
もちろんリカルドとルイも、どうか上手くいきます様に!
読んで頂いてありがとうございます。