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こじらせ王太子と約束の姫君  作者: 栗須まり
第1部
157/175

歪んだ愛情

「日記だって?そんな物が存在するのかい?」

「‥‥存在するのだ兄上‥。日記の中には母親が行った犯行に、マンソンが関わっている事が克明に記してある‥。だけど、どうしても認めたくない言葉も書いてあるのだ‥」

「どうしても認めたくない言葉?」

「ああ、そうなのだ兄上。着いてきてくれるか?最初に見せるなら兄上と決めていた」

「私にも見せたくなかった物だろう?無理をしなくていいのだよ」

「いや、私にはもう覚悟が出来た。私のくだらない意地で秘密にしておくべきではなかったのだ。私は王族としての責任を果たさなければならない」

より一層強い眼差しでエディを見つめるジョアンは、今迄見た事のないさっぱりとした顔をしている。

エディは黙って頷くと、ジョアンに着いて場所を移動した。

着いた先はジョアンの私室で、中に入るとジョアンは真っ直ぐ本棚に向かった。

そして本棚の三段目にある分厚い歴史書を手に取ると、ソファに座ったエディの向かい側に腰掛け、間にあるテーブルに置いた。


「念の為これに仕掛けを作って、私以外の誰にも分からない様にしまっておいた。兄上、読んでくれるか?」

「お前が良いなら‥目を通そう」

ジョアンは首から下げた小さな鍵を取り出し、歴史書の裏側にある鍵穴を回した。

そうして背表紙を開けると、中は入れ物になっており、革の表紙で出来た茶色いノートを取り出してエディに渡した。

エディはそれを受け取って、中身を読み始めた。


今日は初めてジョアンが歩いた。

王太子より遅いから心配していたのだけど、よろけながらそれでもしっかり三歩歩いた。

こうやって大きくなっていくジョアンが、可愛らしくて愛しくてたまらない。

私の大切なジョアン。

貴方の成長が唯一の楽しみ。


最初のページにはそう書いてあった。

普通に考えれば子供の成長を喜ぶ母親の記録にしか思えないのだが、これを書いたのが王妃だと知った上でエディは、信じられない気持ちになった。

次のページを捲ると、やはりジョアンの成長とジョアンに対する愛情が書いてある。

次のページ、また次のページと読み進めても、ジョアンに対する深い愛情ばかりが目に付いた。


「ジョアン‥これは‥‥」

「信じられないだろう兄上?何故か母は‥私を愛していると書いているのだ‥。私には愛された記憶など一つもないというのに‥」

ジョアンがこう言うのも理解出来た。

エディから見ても王妃がジョアンを愛していたとは、到底思えなかったからだ。

エディの記憶にある王妃は、常にジョアンを虐待していた。

殴るのは当たり前で、時には鞭まで使う事もあった。

ジョアンの首の後ろには、昔王妃に鞭を振るわれた傷跡が残っている。

エディはそれを知っていたから、ジョアンに対する虐待を止めるという条件と引き換えに、罠と知りながらブラガンサ領の外れの山荘へ行ったのだ。

子供であった為に、他に王妃に対抗する方法がなかったから。


「これを読む限り、王妃の取った行動は‥理解出来る物ではないね‥」

「‥初めてこの日記を読んだ時、私は目を疑ったよ。何故わざわざ嘘を書き記す必要があったのかと、随分考えたものだ‥」

「王妃は‥愛情の示し方が‥分からなかったのではないだろうか?お前を愛するが故に、逆の行動を取ってしまう、そんな自分を抑えられなくて、せめて日記には正直な自分の気持ちを記したのではないかな?」

「兄上は優しいからその様に解釈するのだ。私は何度読んでも認める事は出来ない。あの母が私を愛していたなどと、例え兄上に言われても認められない。けれど、認められなくとも‥私の母親であるという事実は消せやしない。だから公表する事にしたのだ。母が私を愛するが故に、マンソンと組んで兄上を亡き者にしようとした事実を!」

「ジョアン‥!そんな事をしたら、お前の立場が!」

「いいのだ兄上。これが私の責任の取り方だ。私はもう、国民に対して嘘や秘密を持ちたくない。全てをさらけ出した上で、それでも私を認めて貰える様、努力をするつもりだ」

「ジョアン‥それではお前は‥」

「兄上には申し訳ないが、やはり私は当面王太子の座を譲る訳にはいかない。せめてイスペルの問題が解決するまでは、王太子でいさせて欲しい」

「ジョアン、申し訳ないは私の台詞だよ。お前にばかり大変な責任を押し付けて、その上リアまで奪ってしまったのだから‥」

「いや、レイリアの事は‥何というか、好きだと思っていたのだが、少し違う事に気付いたのだ。初めて秘密を明かせる友が出来て、それが異性であった為に、どうやら勘違いをした様だ。その証拠に、兄上とレイリアが崖から落ちそうになっていたとしたら、私は迷わず兄上に手を差し伸べるだろう」

「ジョアン‥リアの前でその例えは言わないでおくれよ。物凄く怒るだろうから」

「そうだな。間違いなく足が出るだろう」

ジョアンはそう言いながら、森での出来事を思い出して、クスクスと笑った。

エディもジョアンを見ながら微笑んでいる。

けれど、ふと気になった事をジョアンに尋ねた。


「一つ聞いていいか?どうやってリアの事を間違いだと気付いたんだい?」

「あ、ああ、その事なんだが‥ある女性に対して、何故か胸の鼓動が早くなるという事があった。これはレイリアには感じた事のない、何というか‥心臓を掴まれた様な、苦しい感覚に似ていて、もしかしたらこれが異性に対する想いなのではないかと思ってな、兄上に聞いてみようと考えていたのだ」

少し赤くなりながら話すジョアンを見て、エディは驚いた顔をした。

でも次の瞬間満面の笑みを浮かべてゆっくり頷くと、立ち上がってジョアンの肩をポンと叩いた。


「私に聞くまでもなく、もう答えは出ている様だね。お前の口からそんな話を聞けて、喜ばしい限りだよ。それに、出来れば今後もこんな風に、お前の相談相手でありたいね。その為には私も努力しなければいけないな」

「答え‥やはりそうなのか‥。でも一番は兄上だぞ!」

「ジョアン、愛する人を増やしていきなさい。私はお前と同じく、お前に対する愛情を変えやしない。けれど、それだけだとやはり、偏った人間になってしまうのだよ。そろそろお前も私以外の人を大切にするべきだ。せっかく想い人が出来たのだからね」

「想い人‥か。なんだか懐かしい言葉だな」

「懐かしいだって?いつ使ったんだい?」

「それは‥その内ゆっくりと話す事にするよ。それより兄上、日記のこのページを読んでくれ。マンソンと薬について書いてあるのだ」

エディは言われた通りそのページを読んで、読み終わると鋭い顔つきに変わった。


「ジョアン、これなら間違いないだろう。いかにマンソンといえど、言い逃れは出来ない。しかし‥本当にいいのか?」

「いいのだ。私はマンソンを排除する為なら、泥水だって啜ると決めたのだから!」

2人はお互いの拳を突き合わせて、無言で肩を叩いた。

裁判の時は迫っている。

いよいよ決着を付ける時が来た事を、お互いにひしひしと感じていた。

読んで頂いてありがとうございます。

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