予想外の帰還
「今‥‥何と言った?兄上が‥襲撃されただと!?そう言ったのか‥?」
ジョアンは信じられないといった様子で、警備兵に向かって聞き返した。
顔色は真っ青で明らかに動揺している。
そして自分でも気付かない内に、小刻みに手が震えていた。
「はい。ですがご安心下さい、エドゥアルド殿下はご無事です!バルコスのドミニク殿下の働きにより、隣室に逃れておいででした」
警備兵がそう答えると、ジョアンはホッと息を吐いた。
すると右手が急に温もりに包まれ、そっと摩る感触が伝わる。
隣にいたエレナが両手でジョアンの右手を摩り、強い眼差しで見つめていた。
「落ち着いて」
ジョアンにしか聞こえない程の微かな声ではあったが、それでもしっかりとジョアンの胸に響いた。
ジョアンはハッとして、そこで初めて震えている事に気付き、左手をエレナの手に重ねると、ゆっくり頷いた。
「兄上は無事なのだな?何がどうなったのか、分かる範囲でいい。詳しく話してくれ」
警備兵は言われた通り自分の分かる範囲内で、王宮で起こった混乱について話して聞かせた。
「何という事だ‥。エドゥアルドは大丈夫だと言って私もそれを信用した。だが、他に敵がいたなど私もエドゥアルドも予想していなかった‥」
額に手を当て国王は下を向く。
そして国王はエディの計画をジョアンに説明した。
ジョアンはそれを聞くと深く溜息を吐き、キッと睨むように国王を見つめた。
「陛下、兄上の大丈夫ほど当てにならない物はありません!それは陛下も私も10年前、嫌という程身に染みて知ったではありませんか?」
「‥そうであったな‥。しかしまさか、王宮でこの様な事が起こるなど、思いもしなかった‥」
「確かにいつものマンソンならば、こんなやり方はしないでしょう。このやり方は余りにも強引だ。という事は多分、マンソンからの指示ではないと、考えた方がいいと思います」
「別の誰かだと言うのか?‥そうだな、そう考えた方がいいかもしれん。直ちに戻って調べるとしよう」
「陛下はエレナと一緒に、馬車で後から来て下さい。私は先に馬を飛ばして王宮へ戻ります。近衛を半分連れて行きますが、構いませんか?」
「もちろんだ。ファビオを連れて行くがいい」
「いえ、ここがオセアノだとはいえ、万が一エレナの追手が来ないとも限らないので、隊長は陛下の側にいた方がいいでしょう。私には心強い仲間も3人いますし、騎士団の半分で充分です」
「‥分かった。お前の判断に任せよう。‥‥くれぐれも‥気を付けるのだぞ」
「兄上の事なら命に代えても守り抜きます」
「いや、お前の事を‥心配しているのだ‥」
国王の口から出た言葉を聞いた途端、ジョアンは目を丸くして驚いた顔をした。
国王は恐る恐るジョアンを見上げたが、ジョアンはペコリと頭を下げただけで、無言で立ち去って行く。
エレナも国王に頭を下げて、ジョアンの後を追って行った。
「ジョアン、私も一緒に行こう」
「いや、混乱している最中に、貴女を連れては行けない。貴女は陛下と一緒に来てくれ」
「危ない橋は何度も渡っているよ。今更さ」
「私にとっては今更ではない。貴女を危険な目に遭わせる訳にはいかないし、何より私が嫌なのだ」
「嫌?何故?」
「あー‥貴女を守りたいから‥だろうな多分。それに王宮は迷路の様な造りになっている。慣れない貴女は迷ってしまうぞ」
「つまり、私は足手まといという事か‥。分かったよ、後から行く事にしよう」
「分かってくれるか?貴女が着くまでには、混乱を収めておくと約束しよう。まあ、ドレスを着替えさせたくないというのもあるが」
「着慣れないから動きにくいのだが?」
「いや、とても似合っているから、そのままでいて欲しい。さて、急がねばな。ではまた後で会おう!」
そう言うとジョアンは3人を呼びに向かい、近衛の半分を従えてサンショ邸を発った。
馬を飛ばしながら3人には大まかに説明をし、休みもせずに夢中で王宮を目指した。
エレナに手を摩られるまで気付かない程、私は恐怖に支配されていた‥。
そうだ、兄上を失った10年前の恐怖が、私の中に蘇ってきたのだ。
こんな思いはもう二度と御免だ!
こんな思いをするくらいならば、いっそ‥
誰にも‥兄上にさえも見せるつもりは無かったが、あれを使ってマンソンを‥!
全ての元凶を断ち切る為に、全てを見せる時が来たのだ‥。
ジョアンはより一層馬を飛ばして、ある決心を固めていた。
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