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こじらせ王太子と約束の姫君  作者: 栗須まり
第1部
154/175

考えもしなかった言葉

廊下を進みながらも感じる早い鼓動は、中々鎮まる事が無かった。

それはジョアンの腕に添えられた、エレナの手の感触を意識すれば尚更で、体温までもが上昇していくのが分かる。


私は一体どうしたのだろう?

何故こんなにもエレナを意識してしまうのだ?

この感覚は初めて大勢の人前に出て、演説を行った時に似ている。

という事はつまり私は‥‥上がっているのか!?

何故エレナを前にして上がっているのだ?


ふと黙り込むジョアンの様子に、エレナは躊躇いながら問いかけた。

「やはり‥この格好はおかしいのだな‥。さっきは世辞など言わないと言ったが、本当は気を使ってくれただけなのだろう?」

「‥いや、何故そんな事を?私は本当に世辞など言えないぞ。その格好は‥とても良く似合っている」

「しかし、急に黙り込むから‥」

「あー‥‥すまない、少し考え事をしていたのだ。私は考え事の最中に黙り込む癖がある。気を使わせてしまったな‥」

「考え事?一体何を‥?」

「まあ、何というか‥理屈では分からない感情というか、あまり考えない方がいいのかもしれないというか‥よく‥分からんのだ」

「何だそれは?おかしな事を言うな」

エレナはクスクスと笑いながら、ジョアンを見上げた。

途端にまた胸の鼓動が早鐘を打って、どうにも落ち着かない気持ちになってしまう。


やはり、考えるのはやめにしよう。

誰かに相談した方が良さそうだ。

そうだ!兄上だったら答えを教えてくれるだろう。


ジョアンはそんな風に考え、軽く深呼吸をして胸の鼓動を必死に抑えた。

「まあまあ、殿下!お嬢様の支度が済んだので、今主人を呼びに行かせた所でしたのよ」

廊下の向こう側から早足で近付いて来る、この邸の女主人、サンショ男爵夫人が声を上げた。

「私の話は済んだので、迎えに来たのだ。男爵夫人には感謝を言いたい。貴女の選んだ装いは、彼女にとても似合っている」

「それはそちらのお嬢様の素材がいいからですわ。本当に磨き甲斐がありましたもの。きめ細かい肌に、素晴らしいスタイルで、私はウキウキしてしまいました。ホホホ!」

サンショ男爵夫人が楽しそうに話すので、ジョアンは少し落ち着いてきた。

何にせよ別の話題になるのは助かる。

このおかしな感情について、意識しないで済むからだ。

デザイナーとしても活躍する男爵夫人は、袖のレースや裾のドレープについて説明し始めたが、普段なら顔をしかめる所なのだが、不思議とそれを苦痛に感じなかった。


「あーコホン、またドレスの話かね?」

熱心に話す男爵夫人の後ろから、サンショ男爵が顔を出す。

男爵の後ろには何故か国王もいて、ジョアンは急に真顔になった。

「殿下、そちらのお嬢様も、足止めをしてしまい申し訳ございません。妻はドレスの話になると、周りが見えなくなるのですよ。これだけが唯一の欠点でして、どうかお許し頂けますか?」

「許すなどとんでもない。男爵夫人の話はとても為になったぞ。男爵には邸を提供して貰ったり、色々と世話になったな」

「いいえ、我が家にとっては光栄な事でございます。それより陛下をご案内致しました。さ、陛下、こんな所で立ち話もなんですので、サロンに移動致しましょう」

「いや、いい。私はジョアンに話があって参ったのだ」

国王の言葉にジョアンの腕がピクリと動いたのを、エレナは指先から感じて不思議そうに見上げた。

さっきまでの穏やかな表情は一変して、強張った顔をしている。

その顔を見て今迄感じていた違和感の、正体が明らかになった。

エレナの前でジョアンは一度も国王の事を"父"と呼んでいないのだ。

それに違和感を覚えていたのだが、この表情からすると恐らく、この親子は‥上手くいっていないのだろう。

ジョアンの腕からスルリと手を解いて、エレナは一歩前に出ると、少し屈んで優雅に挨拶を始めた。


「国王陛下にはお初にお目にかかります。今は姓を名乗る事は許されませんが、かつての名エレナ・イスペランサとして挨拶をさせて頂きます」

長年男装をして過ごして来たとは思えない程、優雅で品のある所作に皆が見惚れた。

「貴女の事はオセアノが責任を持って預かろう。しかし、これ程に美しい女性であったとはな‥。これは当分騒がしくなるぞ。きっとかなりの縁談が舞い込むだろうな」

にっこりと笑いながら国王がそう言うと、エレナは少し頰を染めた。

それを見たジョアンは、今度は胸がザワザワとして、苛立ちにも似た感情が湧き上がる。

それが何なのか、どうしてこうなるのか、やはり考えても仕方がない気がして、これも戻った時にエディに相談する事にした。


「陛下、私に話と仰いましたが、それは何の話でしょうか?先程話は済みましたが?」

苛立ちを抑えながら、少しぶっきらぼうな口調で話すと、国王は真剣な表情でジョアンを見つめた。

「お前に‥一番肝心な言葉を言っていなかったのだ。私はそれを言う為に来た」

「肝心な言葉ですか?思い当たりませんが‥?」

「そうであろう‥‥。そうさせて来たのは私のせいだ。そして私が今から口にする言葉など、お前は考えもしないだろう」

「‥‥陛下が何を仰りたいのか、未熟な私には分かり兼ねます。それは、どうしても今言わなければならない事なのでしょうか?」

「今言わなければならないのだ。だから驚かずに聞いてくれ」

「‥分かりました、聞きましょう」

「ジョアン、私は‥‥」

「陛下!陛下はどちらにいらっしゃいますか!?ポンバル侯爵より伝令を預かって参りました!!」

国王が口を開きかけた所で、突然大声が響き渡る。

全員が声のする方を見ると、王宮の警備兵が走って来た。

余程急いで来たのだろう、目の下にはクマが浮き出て馬の蹴り上げた泥で顔が汚れている。


「何事だ?ポンバル侯爵の伝令だと?」

息を切らせながら、それでもしっかりと国王を見て、警備兵は口を開く。

ジョアンも嫌な予感がして、警備兵の言葉に耳を傾けた。

「はい。王宮内部の犯行により、エドゥアルド殿下が襲撃されました!!」

「何だと!!」

国王の顔色はサッと変わり、ジョアンは全身の血の気が引いていった。

3/10ツギクルブックスより発売しました。

あの人の、ちょっとした外伝も収録しております。

いつも読んで頂いてありがとうございます。

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