運がいいのかもしれない
ホアキン翼にドミニクが戻ると、エディとレイリアはポンバル侯爵や警備兵達に無事保護されていた。
イザベラは戻ったドミニクに駆け寄り、怪我はないかと心配したが、ドミニクは
「心配無い。それよりも、侯爵共々王宮で動いてくれた事に感謝するよ」
と、言ってイザベラに微笑んだ。
少し頬を染めたイザベラは、躊躇いながら国王に使いを出した事を伝える。
ドミニクがエディの方を見ると、エディはゆっくりと頷いて溜息を吐いた。
「そうせざるを得ない状況になってしまったね‥。ジョアンに心配をかけたくなかったのだが‥」
困った顔でそう言うと、隣のレイリアが口を開いた。
「お兄様、エディから聞いたの。妖精の雫を使ったんでしょ?だから隣室には誰も入れていないわ」
「うん、そうしてくれて助かったよ。迂闊に入って香りを吸い込みでもしたら、暫くは意思の自由が奪われるからね。すまないが皆、廊下の窓を開け放ってくれないか?」
警備兵達は言われた通り、廊下の窓という窓を全て開け放った。
湿気を含んだ夜風がホアキン翼の廊下を満たし、動き回って熱を帯びたドミニクの頰を撫でて行く。
ちょうどいい風が吹いているな。
これなら開けても大丈夫だろう。
「皆、念の為ここから離れて、窓際へ移動してくれ」
予めレイリアが説明してあったのか、特に躊躇も無く全員ドミニクの言葉に従った。
ドミニクは少しずつ扉を開けると、中に向かって呼びかけた。
「リカルド、ルイ、外に出るんだ!」
真っ暗な静まり返った部屋の中で、人の動く気配がすると、扉を開けて2人の男がのそりと顔を出した。
2人は紛れもなくリカルドとルイであったのだが、虚ろな目と一切の感情の無い顔は、まるで別人の様だった。
「すまないリカルド、ルイ。緊急時ではあったが、巻き添えにしてしまった‥。誰か2人を湯に入れてくれないか?」
ドミニクの問いかけに警備兵の1人が手を挙げ、2人を連れて去って行く。
イザベラは不思議に思って、湯という意味を聞いてみた。
「湯と仰いましたが、湯に入れるとどうなるんですの?」
するとレイリアが進み出て、得意げに説明を始めた。
「お兄様が使った妖精の雫は、バルコスに昔から生えている花から作った物よ。この花はとてもいい香りがするけど、沢山吸い込むと幻覚を見たり、眠りこけたりと色々な症状が現れるの。だから花のある場所は近寄らない様、昔から言われているんだけど、たまに若い羊飼いが迷い込んでしまう事があって、その時の中毒症状を抜く為に、考え出されたのが湯に入れるという方法なのよ」
「まあ!そんな花があるのね。バルコスって不思議な国だわ‥。一度行ってどんな所なのか見てみたいわ」
ワクワクしながら話すイザベラに、ドミニクはにっこりと笑いかけて
「なら一緒にバルコスへ行こう。貴女に僕の国を見て貰いたい」
と言って手の甲にキスを落とした。
真っ赤になって狼狽えるイザベラを見ながら、レイリアは目を丸くしてコソコソとエディに話しかけた。
「お兄様ったら大胆よね!アマリアが見たら大興奮よ。あれは‥私でも赤くなるわ」
「ドミニク殿が言うから余計にね。イザベラのあんな顔は見た事がない。彼女には幸せになって欲しいのだが、こちらのゴタゴタがそうさせてあげられなくて、申し訳ないと思うよ。だから早く決着を付けないとね。ドミニク殿、部屋に残っている刺客達を呼び出しても大丈夫だろうか?」
「今扉を開け放ちますので、呼びかけてみて下さい」
大きく扉を開いたドミニクはエディに合図を送り、中にいた刺客達はエディの呼びかけに従って廊下で一列に並んだ。
「1人ずつ名前を言って貰おう。右端のお前からだ」
無表情で虚ろな目をした刺客達は、1人ずつ自分の名前を口にして行く。
そして最後の1人が名前を口にした時、エディの目がキラリと光った。
「イケル・ゲレイロ」
マンソン派の1人、ゲレイロ伯爵の名前だ。
エディはイケルというこの男にいくつか質問をすると、イケルはスラスラと全ての質問に答えた。
「成る程な。私は運がいいのかもしれない」
「何を言ってるのエディ!運がいい人は何度も殺されかけないわ!むしろエディは運が悪い人選手権で優勝出来るレベルよ!」
ついさっきまで危険な目に遭っていたというのに、予想外の事を言うエディに、レイリアは興奮しながら叫んでいた。
「悪かったよ。‥そんな選手権があるのかい?」
「例えよ!全く、変な所がジョアンに似ているわ。やっぱり兄弟ね。とにかく、もっと警戒して欲しいって事!」
「うん、ごめんごめん。だがこの襲撃は‥ある意味チャンスなんだ」
「チャンス?どういう事?」
側で聞いていたドミニクは、エディの言葉の意味を理解して、アフォンソ翼で聞いた話とエンリケを襲った刺客達の事を伝えた。
全てを聞き終わると、口の端を少し上げたエディはこう言った。
「捕らえた連中を全員牢に入れ、3日後に裁判を行う。一気に片を付けるぞ!マンソンとその一派を排除する理由が出来た」
エディの表情はレイリアの知っている穏やかな物とは違って、全く別人の様な厳しい物だった。
以前誘拐された後にも感じたこの厳しい表情は、今はレイリアにも理解出来ている。
これはエディという人物ではなく、オセアノ第一王子エドゥアルド・オセアノスの物なのだ。
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