混沌2
人の入って来た気配を感じたレイリアは、ソファの陰から恐る恐る扉の方を覗いた。
そこには長身の男性がいて、ランプの灯りに照らされた特徴的な赤毛が見える。
しっかりと鍵を掛けて振り向いた瞬間、レイリアはその男性の名前を叫んだ。
「エディ!」
たまらず駆け寄り飛び付いたレイリアを、エディは受け止めギュッと抱き締める。
だがすぐにレイリアを離して、エディはソファを扉の前へ移動させ始めた。
「すまないリア、こんな事になってしまって‥。万が一を考えて、扉にバリケードを作っておくよ」
「一体‥何がどうなっているの?」
「‥分からない。だがおそらく、内部の犯行だと思う。今ドミニク殿が助けを呼びに行ってくれたが、多分向こうも混乱しているだろう」
「お兄様なら大丈夫よ。だって世界一強いんですもの!それにルイスだってあれでいて、結構腕が立つのよ」
「無事でいてくれればいいのだが‥」
エディは心配そうな顔をして下を向いたが、休まずバリケードを築いている。
レイリアも手伝い、ソファやテーブルを重ねて、体当たり位ではビクともしないバリケードを築き上げた。
その頃ドミニクは、アフォンソ翼の入口に近付いていた。
ここは第2小隊と第3小隊の一部が、ルイスと一緒に守っている場所だ。
ドミニクはここを守る半分の人員を、エディの元へ向かわせようと考えていたのだが、近付くにつれて聞こえて来る金属のぶつかり合う音に、慌てて腰の剣を抜いた。
音のする方へ駆け付けると、ルイス他2人の第3小隊隊員と、近衛の制服を着た5人の男が剣を交えている。
ルイスは2人を相手に奮闘し、他の2人は3人を相手にしていた。
「ルイス!」
ドミニクは素早くルイスの前へ進むと、ルイスに向かって剣を振り下ろした男のみぞおちを、目にも留まらぬ速さで柄を使って力一杯突いた。
男は何が起こったのか理解出来ない内に後ろへ弾き飛ばされ、もう1人にぶつかっている。
ぶつかってよろめいた男は反動で剣を落とし、慌てて拾い上げようと屈んだのだが、ヒュッという音と共に顔面に衝撃を感じた瞬間、そのまま気を失ってしまった。
「ヒュ〜!相変わらずキレがあるなぁドミニク兄さんは!」
肩で息をしながらも、口笛を吹く余裕を見せるルイスがドミニクの名を口にすると、隊員と剣を交えている残りの3人の男達は明らかに動揺した。
「ドミニク殿下だって!?何故ここに?」
3人はそれぞれに同じセリフを口にしたが、ドミニクは答える代わりに、まるで剣舞を舞っている様なしなやかな剣さばきで、回転しながら次々と3人の剣を弾き飛ばした。
そして丸腰になった3人を、素早い体術で気絶させていく。
本気を出したドミニクの前では、5人の男など敵ではなかった。
「あーあ、やっぱ強いや兄さんは!全部おいしい所持っていかれちゃったよ」
残念そうに言うルイスは、これだけ動いても息一つ乱していないドミニクを見て、左右に首を振っている。
ドミニクは最初にみぞおちを突いた男を冷静に捕まえ、残りの男達は第3小隊の2人が、縄で縛り上げていた。
「ルイス、これは一体どういう訳だ?何があった?」
「裏切りですよ兄さん。兄さんが捕まえているその男は、第2小隊の隊員です」
「なんだって!?」
苦痛に顔を歪ませた男は、フイと横を向いて顔を伏せた。
「どういう訳か説明してくれないか?正直に話してくれたら、君の罪は便宜を図ってもいい」
柔らかな微笑みを浮かべて、話しかけるドミニクを男が見ると、我を忘れたように暫くボーッとしていた。
「あー出たよ、人タラシ!おい!聞かれた事に答えるんだ!」
ルイスに言われてハッとした男は、ポツリポツリと話し始めた。
「我が隊は‥貴族の出身が多く、父親が地位のある職に就いている者が数名います‥」
「地位のある職?例えばどんな?」
「大臣クラスです‥。フェレイラ男爵とゲレイロ伯爵の子息も、我が隊にいるのです」
「それは‥親に言われてこの犯行を行ったという事か?」
「いいえ、本人達の独断です。ゲレイロ伯爵とマンソン侯爵の話を偶然聞いた子息は、陛下のいないこの機に乗じて、エドゥアルド殿下を‥亡き者にしようと企みました‥。自分達の手柄にする為に‥」
「手柄と言ったか?これは明らかに反逆罪だぞ!」
「‥分かっております、何人かは反対しました。しかし私も含め殆どの隊員は、マンソン侯爵の推薦により隊員となった者なのです‥。ですからゲレイロ伯爵の子息には、誰も逆らえませんでした」
「何故、近衛の制服を着ているんだ?」
「ゲレイロ伯爵の子息‥イケルといいますが、イケルは次男で出世を切望しておりました。そこで近衛に罪を着せれば処罰の対象となり、空きが出来ると考えたのです。つまり空きが出来たら、自分を推薦して貰うつもりでいたのです」
「‥呆れた考え方だな。しかし近衛の事はエンリケ殿に伝えた筈だが‥?」
「はい、どこから情報が漏れたのか分からず、イケルを始め我々は肝を冷やしました。そこで第1小隊と第3小隊に一服盛る事にしたのです」
「一服だって!?彼等に毒を盛ったのか!?」
「いいえ、さすがにそれはしておりません!強めの睡眠薬入りのお茶を、任務直前に飲ませたのです。ところが飲まなかった者もいた様で、止むを得ず剣を交えました‥」
そこまで話した所で男は俯いた。
ドミニクは一つ溜息を吐いて、掴んでいた男から手を離した。
「ホアキン翼とアフォンソ翼に5人ずつで10人だ。あと何人残っていて、何処へ行った?」
男は躊躇いながらも顔を上げて、ゆっくりと口を開いた。
「5人です‥。3人はマルグリット嬢を保護に向かい、2人はエンリケ様を‥」
そこまで聞くとドミニクは男の首の後ろを叩き、男を気絶させた。
「ルイス!3人を任せていいか?僕はエンリケ殿の方へ行く!」
「こっちは任せて下さい!兄さんはそっちをお願いします!」
ドミニクは頷き、執務室へ向かって走り出した。
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