混沌
ルイスからの連絡を受けたエンリケは、密かに第2第3小隊の隊長を呼び、アフォンソ翼、ホアキン翼、それから全ての門の守りを固める指示を出した。
レイリアとドミニクも第1小隊の制服に着替え、ホアキン翼の例の部屋の隣室で待機している。
そして深夜に差し掛かる頃、遂にエディが隣室へ入った。
隊長を始め隊員達の顔付きは変わり、隣室の気配をジッと伺っている。
隊長から事前に聞いた話だが、待機している隊員達は足音を聞き分け、人数を割り出す訓練を受けているという事だ。
その為レイリアは音を立てない様、息をするのにも気を使った。
ただ、心臓のドキドキだけは止められなかった。
エディが隣室に入ってから暫く経つと、隊員の1人が手で合図を送って来た。
その手は最初に2人と報せ、ホッとしたのも束の間、少し時間が空いてから5人と報せて来たのだ。
待機していた隊員達かと隊長が身振り手振りで尋ねると、隊員は勢いよく首を振る。
やはり危惧していた通り、別の刺客が送り込まれていた様だ。
『レイリア危ない!印が危ない!』
突然現れた妖精が、レイリアの周りをクルクルと回る。
レイリアがドミニクの腕をギュッと掴んで、妖精の訪れを報せると、ドミニクは隊長を見て深く頷いた。
隊長もそれを見て頷き、同時に隊員達へ手を上げると、隊員達は慎重に扉を開けて、腰から抜いた剣を手に、隣室へ突撃を開始した。
灯りの消えた真っ暗な室内では、金属のぶつかり合う音や、数人の呼吸音が聞こえる。
最早敵も味方も分からない状態だ。
あれ程事前に対策を練ったにも関わらず、何故刺客が現れたのか、何故ここまで侵入出来たのか、分からない事だらけだが、今はエディを探すのが先だ。
レイリアは妖精の飛んで行く方向を確認すると、ドミニクの耳元で方向を伝えた。
「お兄様、10時の方向よ!」
「分かった。レイリアはこの部屋から出るんだ。状況が悪過ぎる!」
「分かったわ!」
言われた通りレイリアは、部屋を出て隣室へ逃れた。
ドミニクは振り下ろされた剣をヒラリと交わして、少しずつレイリアの言った方向へ近付いて行く。
敵か味方か分からない状態で、無闇に相手を斬り付ける訳にはいかない。
そこでドミニクは体術を使って、相手を気絶させる事にした。
神経を研ぎ澄ませて呼吸を整えると、ヒュッという空を切る音や、荒々しい呼吸音がすぐ側に感じる。
それをヒラリと交わして、回転しながら回し蹴りを繰り出すと、相手はその反動で何かにぶつかった。
少し離れた所で呻き声が聞こえて、その後ろからまた空を切る音が聞こえる。
くそっ!これじゃあ埒があかない!
こう暗くては身動きが取れないし、相手も闇雲に斬り付けて来る。
仕方がない、あまり使いたくはないのだが、アレを使うしかないな。
「エドゥアルド殿、息を止めて下さい!!」
ドミニクはそう叫んでポケットから小瓶を取り出すと、部屋の真ん中辺りを狙って投げ付けた。
「全員動くな!!」
その叫び声と共に、今迄鳴り響いていた金属のぶつかり合う音や、人々の足音がピタリと止んだ。
ドミニクは素早く袖を鼻と口に当てると、もう一度叫んだ。
「エドゥアルド殿、早く外へ!」
10時の方向から人影が動く気配がすると、扉へ向かって走って行く。
ドミニクもすぐその後を追って、部屋の外へ逃れた。
部屋の外には先に出た人影が立っている。
廊下に灯された蝋燭の灯りから、それがエディである事が確認出来て、ドミニクはホッと息を吐いた。
「ドミニク殿、今のは‥?」
「あれはバルコスに咲く花から作った『妖精の雫』という物です。非常に催眠効果が高いので、迂闊に吸い込むと数日は抜けません。それより、貴方は隣室へ行って、しっかり鍵をかけて待機していて下さい。中でレイリアが待っています」
「しかし、ドミニク殿はどこへ?」
「僕は助けを呼んで来ます。ターゲットは貴方なので、まずは貴方の安全を確保しないと!部屋の彼等は動けない筈ですが、他にもいる可能性がありますからね。何故こうなったのか、確認しないといけません」
「ああ、どうやら‥裏切者がいた様だ‥」
エディはそう言うと、ドミニクに促されるまま隣室に入って、しっかりと鍵をかけた。
それを確認した後ドミニクは、ルイスのいる筈のアフォンソ翼へ向かった。
ホアキン翼の入口には、待機していた筈の第1小隊の隊員達が倒れている。
彼等は全員、眠らされていた。
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