表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こじらせ王太子と約束の姫君  作者: 栗須まり
第1部
144/175

悪口で乗り切る

ジョアン達が国境の門の前までやって来ると、予想通りミドラス兵に行く手を阻まれてしまった。

ミドラス兵はざっと数えて10人程で、この門の前で検問をしている様子だ。

ホアンの話では、普段この門は役人が二人いるだけだそうだが、今日に限っては随分と警戒されている。


「止まれ!検問だ。お前達はどこの商人だ?」

一番先頭にいたホセは、慣れた様子で笑顔を作ると、馬から降りてスラスラと話し始めた。

「俺達3人はイスペル出身ですが、こちらの旦那はダンハルクの出身です。旦那はクーデン商会の坊ちゃんでしてね、実は今回が初めての買い付けなもんで、イスペルに詳しい俺達がお供に選ばれたって訳なんですよ」

「ダンハルク?随分北からやって来たな。言われてみれば金髪だ。あそこは色白の金髪が多いと聞いたぞ。一年の半分が冬なんだろう?それに凍った海で採れる、魚ばっかり食ってるそうじゃないか。おい、お前ら魚臭いんじゃないか?」

嫌な笑いを浮かべて馬鹿にした口調で言う兵に、周りの兵達も笑い出す。

だがホセは動揺する事なく、笑顔を浮かべたまま続けた。


「勘弁して下さいよ。魚は加工して他国へ売っているんですから、俺達にとっちゃ貴重な収入源なんですよ。良かったら今度は魚の加工品を売りに来ましょうか?」

「魚なんぞいらん!お前らも知ってるだろ?ミドラスでは魚を殆ど食べないんだ。売りに来たって腐らせるだけだ。まあ、大損したけりゃ好きにしろ」

「ご忠告ありがとうございます。お礼と言っちゃあなんですが、これはほんの気持ちです。今夜の飲み代の足しにでもして下さい」

ホセは懐からジャラジャラと音を立てて、コインの入った袋をミドラス兵の手に握らせた。

ミドラス兵はニンマリと笑い、袋の中身を確認すると、腰の鞄にしまい込んだ。

「中々気が利いているじゃないか。だが一応身分証の確認はさせて貰うぞ。まあ、形だけだがな」

兵は軽く片目を瞑って、鞄をポンポンと叩いてみせる。

どうやらホセの渡した賄賂が、功を奏した様だ。

ジョアンは旅立つ時にダンハルクの偽の身分証を、エンリケから渡されていた。

それはジョアンがダンハルク語が得意だという事を、エンリケが知っていたからだ。

その偽の身分証をホセに渡すと、ホセは恭しくミドラス兵に見せて確認させた。


「よし!お前らはダンハルクの商人だと確認出来た。通っていいぞ」

「ありがとうございます。これで無事に商売が出来ますよ」

安堵の表情を浮かべるホセに、兵は頷きながらこっそりと

「実は俺はダンハルク語が読めないんだ。あくまでも形だけだ」

と教えてくれた。

ホセは頭を下げて馬に乗ると、後ろを向いてジョアン達に頷いた。

ジョアン達も頷き、逸る気持ちを抑えながら門へ向かって動き出す。

しかし、あと少しで門へ辿り着くという時に、一人の兵が荷馬車を止めた。


「おい!まだ荷物を確認していないじゃないか!中身を見せろ!」

ペドロは突然の事に少しだけピクリ!としたが、ゆっくりと腰を上げて荷台に移動した。

そして木箱を開け、見事な細工のイスペル刺繍が施された、数点の布地を取って兵に見せている。

「見て下さいよ、これなんかお貴族様だって中々手に入れられない品ですよ!兵隊さん、これは幾らだったと思います?」

「知らん!余計な事は喋るな!その箱全部が刺繍なんだろうな?」

「もちろんですよ!その為に来たんですから。兵隊さん、アンタも一つどうですか?お安くしますよ?」

「俺達の手が出る値段じゃない事位、分かりきった事だろう?もういい!仕舞え!」

兵にそう言われて、ペドロは丁寧に布地を仕舞い、蓋を持ち上げている。

すると兵は、突然腰に手をやり剣を抜いて、木箱に向かって突き刺した。


キン!

金属と金属のぶつかり合う音が響く。

空中には兵の持っていた剣が舞い、少し離れた地面に突き刺さった。

兵の前にはジョアンがいて、木箱の前で剣を構えている。

ジョアンは考えるより先に体が動いていた。

兵が剣を抜いた瞬間、素早く馬から飛び降り、鞍に隠してあった剣で弾き飛ばしたのだ。


「何をする!このっ!!逆らうのか?」

真っ赤になって怒り出す兵に、不思議とジョアンは冷静だった。

「ターヘルクシュツッテン!」

「何だ?何を言っているんだ?」

ペドロはハッとして間に入ると、兵に向かって頭を下げた。

「すいません、うちの旦那はダンハルク語しか喋れないんですよ。えーと、高価な品物を台無しにしないで欲しいって言ってます」

「確認の為だ!文句は無いだろう!」

「エスコンテアンデラウィーゴギービン」

「何だって?」

「品物を傷付けたら、損害賠償を請求するって言ってます。クーデン商会は皇帝陛下にも品物をお届けしていますので、それなりに覚えもめでたく、大旦那様はいくらか顔が利くんです。あまりうちの旦那を怒らせない方がいいと思いますよ?」

「馬鹿者!それを早く言え!もういい、さっさと通れ!」

「はい、それじゃ遠慮なく」

ペドロはジョアンに合図を送り、御者席に座り直して荷馬車を動かした。

ジョアン達も門を進み、今度こそ国境を越える事が出来た。

それから暫くは無言のまま進んで、国境の門やミドラス兵の姿がすっかり見えなくなった所で、ジョアン達はやっと荷馬車と馬を停めた。


「フー!旦那、肝が冷えましたぜ!一瞬戦わなきゃならないと思いましたよ」

「すまんなペドロ、体が勝手に動いたのだ。しかし他に方法が無かった。それよりも、エレナを出してやらねばな」

「そうでした!」

ペドロは慌てて木箱の蓋を開け、布地を退けてエレナに声をかけた。

「エレナ様、無事に‥とは言えませんが、なんとか国境を越えましたよ!」

エレナはゆっくりと体を起こすと、木箱から出てジョアン達の方を向き、深々と頭を下げた。

「すまない皆‥。私は足を引っ張っただけで、何も出来なかった。もしジョアンが助けてくれなかったら、私はこんな風に息をしていなかっただろう。本当に皆には感謝しているよ。ありがとう!」

「いや、当然の事をしたまでだ。貴女が気にする事はない。それに、ペドロが上手く言いくるめてくれたのだ。あれのお陰で助かったぞ」

「いえ、旦那こそダンハルク語なんて機転を利かせて、大したもんですよ。ところで、あれは何と言ったんです?」

「あれか?あれは悪口だ。最初のミドラス兵がダンハルク語を知らなかっただろう?だから他もそうだと思ったのだ。ダンハルクを馬鹿にしていたからな」

「成る程!旦那もよく見ていますね!で、どんな悪口を言ったんですか?」

「まあ、子供が一番最初に覚える、汚い言葉だとだけ言っておこう。さて、漸くオセアノに入れたのだ、美味い物でも食べようじゃないか!」

「「「おっ!いいですねぇ!」」」

「よし、ではエレナは私の前に乗ってくれ。ペドロは荷馬車を捨てて、その馬に乗って行こう」

「「はい!」」

ジョアン達は馬を飛ばして、一番近い町を目指した。

馬を操りながら、前に座るエレナの体温を感じると、ジョアンはやっと実感が湧いて来た。

エレナは生きている。

そしてやっと、オセアノに戻って来れたのだ‥‥

読んで頂いてありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ