海老で鯛を釣る
店員が運んで来た料理を食べながら、ルイスは仕切りの向こうの男を注意深く観察していた。
マルグリットが帰ってから、隊長が小声でここに来た経緯を話してくれたが、ルイスはレイリアを一人にした事に胸騒ぎを覚えて、早急に戻るべきだと強く訴えたのだ。
まあ、隊長と2人きりというのも、同じく胸騒ぎを覚えたのだが。
そこで隊長はこう提案した。
「今の話を聞く限り、やはり殿下に報告せねばなりますまい。非っ常〜に残念な事ですが、ドミニク殿下の私物は諦めて、姫君の事も打ち明ける事に致します。ブラガンサ殿も異論はないですな?」
「そうですね、そうするしかないでしょう。元々レイリアの我儘ですし、僕も腹をくくりますよ。だから隊長は早急に戻って、殿下に報告して下さい。レイリアも事情が分かれば観念するでしょうし」
「ではブラガンサ殿も一緒に戻りましょう!」
「い、いえ、僕はそこの呑んだくれに、接触してみようと思います。何か聞き出せるかもしれませんから」
「‥分かりました、お任せ致します。いや、残念な事は続きますな。こんな状況でなければ、ブラガンサ殿とデートを楽しめたというのに‥‥」
「た、隊長、急いだ方がいいですよ!特にレイリアを1人にしたのはマズかった!隊長はご存知ないから分からないでしょうけど、レイリアを1人にするという事は、野生動物を放つのと一緒です!絶対言い付け通り、大人しくなんてしてる筈がないんですから!」
「まあ確かに、姫君は行動力がおありの様だ。滅多な事でも無い限り見つかるとは思いませんが、やはり1人にしたのは無責任でしたな。では急いで戻りましょう。ブラガンサ殿も無茶をしない様、気を付けて下さいよ」
「はい!僕も後で必ず戻ります!」
こうして今に至るのだが、どう接触するべきか注意深く観察してみると、男は店で一番安いワインを飲み、食べ物らしき物は干し肉を三切れしか頼んでいない事に気が付いた。
さっきの様子からして、金に困っている様だな。
つまみにしたって、あれじゃつまみにもならないぞ。
て事は、物で釣るのが一番いい。
ならヤツの好きそうな物は?
ルイスは店員を呼び上等なワインを頼んで、自分のテーブルに運ばせた。
そしてワインを手に仕切りから顔を出すと、男に声を掛けてみた。
「随分と出来上がっていますね。連れの方はどうしたんです?」
いきなり声をかけられて、男は不機嫌な様子を露わにする。
「何だお前?庶民が俺に話しかけるな!俺はフォンテ男爵家の嫡男だぞ!」
「ああ、気品があると思ったら、そうでしたか!それなら尚更ご一緒させて下さいよ。今連れに上等なワインを頼んだのですが、用事があると帰ってしまいましてね、せっかくのワインが無駄になってしまうより、貴方の様な気品のある方に飲んで貰う方がいいと思いまして」
上等なワインと聞いた男は、急に興味を示し始めた。
「君は見る目があるな!私の気品に気付くとは。よし!こっちの席へ移るがいい。そのワインは私の様な身分にこそ相応しいからな」
ニヤリと笑って席を立つと、ルイスはワインを手に男の前へ移動した。
ついでに食べかけの料理も運んで、更に男の分も頼んでやる。
案の定、男はワインと料理を前にして、ゴクリと唾を飲み込んだ。
よし。
まずは接触に成功だ。
後はどうやって聞き出すかな?
上等なワインを一口飲むと、男は嬉しそうに顔を綻ばせた。
それを見てルイスは料理も勧め、グラスをワインで満たしてやった。
男はゆっくりと味わう様に、ワインを舌の上で転がしている。
腹を空かせていた様で、ガツガツと料理を口に運んだ。
「これは僕の奢りですから、遠慮なく召し上がって下さい。僕も貴方の様な方とご一緒出来て光栄ですんで、ほんの挨拶がわりです。ところでお名前は何と仰るのですか?」
「私か?私はフォンテ男爵家嫡男、ハメス・フォンテという」
「ハメス様と仰るのですか。ところで先程の美女はハメス様のいい人ですか?」
「あれか?あれは養女に出した愚妹だ。あれも見た目だけはそこそこだが、オセアノの赤い薔薇には到底及ばんよ。お前達庶民ではお目にかかる機会も無いと思うが、ポンバル侯爵家のイザベラ嬢こそ美女と呼ぶに相応しいのだぞ」
「ほほう!それ程仰るなら、是非お目にかかりたい物ですね。あの妹君より上というなら、相当な美女でしょう。そういえば妹君は養女に出したと仰いましたね?ご親戚筋にですか?」
「いや、聞いて驚け!我がフォンテ家は、あのマンソン侯爵家の遠縁にあたるのだぞ!母方の祖母がマンソン家の出身でな。その縁で妹は、マンソン侯爵様のお眼鏡に叶ったのだ。ほれ、あの通り見た目だけはそこそこだろう?侯爵様は親戚中から美しい娘を集めて、王妃候補を選んでいるんだ」
「へえー‥そういえば亡くなった王妃様も、マンソン家所縁の方でしたね。そんな風に選ばれているんですか。驚きましたよ。さすがハメス様、マンソン侯爵様のご親戚なだけありますね。さあ、もっと飲んで下さいよ。て事は妹君は未来の王妃候補という事ですか?」
ルイスがまた並々とワインを注ぐと、ハメスは一気に飲み干した。
さっきより大分酔いが回って来たらしく、トロンとした目は焦点が合わない。
「いや、あれは駄目だ。教養がなさ過ぎる。何より慎みが無いからな、早々に候補から外された。しかし、我が家としては家の存続がかかっている。簡単に引き下がる訳にはいかなかった」
「えっ?それじゃあ‥どうしたんですか?もっと詳しく教えて下さいよ」
「秘密だから言えないが、このワインの礼に少しだけ話してやろう。第一王子が帰還したのは知ってるな?」
「ええ。何でもジョアン殿下が謹慎中だとかで、王太子にはエドゥアルド殿下がなるんじゃないかと言われていますね。まあ、元々エドゥアルド殿下が王太子だったんだから、庶民の我々にはどっちでも構いませんが」
「我々貴族はそういう訳にはいかんのだ。派閥って物があってな、自分達に有利な王太子でなければ都合が悪い。エドゥアルド殿下が王太子になった場合、マンソン侯爵様にはかなりの痛手だ。殿下はポンバル家の血を引く者だからな」
「はぁ、そういう物なんですか。でもどうしようもないでしょう?」
「それをどうにかしようと侯爵様は考えた。だから我が家は申し出たのだ。汚れ仕事が発覚した場合、我が家が罪を被りますとな。そのかわり、妹を使って下さいと頭を下げて、やっと首を縦に振って頂いたのだ。だから妹は養女になって、王宮に滞在している。汚れ仕事の手引きの為にだ」
「えっ!?汚れ仕事って‥もしや暗殺‥」
「しー!声がデカイ!実はバルコスの姫君が拐われたせいで、王宮への地下通路が封鎖されたんだ。内部の警備も厳重で、簡単には入り込めなくなった。だが手引きする者がいたら違うだろう?それも陛下の親戚筋なら、警戒も弱まる。つまり妹は、その親戚筋の養女になったのだ」
「いや、責任重大じゃないですか!」
「そうなのだ。事は慎重を期するのに、あの愚か者は勝手に馬鹿な事をし始めた。それを注意する為、私はここへ呼んだのだ。愚妹の性格はよく分かっているからな。念の為監視役の侍女を付けて良かった。逐一報告してくれる」
「僕の知り合いにも、妹で苦労している人がいますから、よ〜く分かりますよ。さあ、そんな時は憂さ晴らしにもっと飲みましょう!」
ルイスはまた一本ワインを追加して、ハメスに勧めた。
ハメスは上機嫌で勧められるままグラスを傾け、やがて酔い潰れると、机にうつ伏せイビキをかいている。
呼びかけても応えなくなったのを確認した時、ルイスは会計を済ませて店を出て行った。
大通りに面した広場へ出ると、辻馬車を捕まえて王宮へ急いだ。
秘密ってのは、簡単に人に話しちゃいけないんだよハメスさん。
ワイン如きで簡単に釣られるなんて、妹の事を悪く言えないね。
兄妹揃って余りにも浅はかだ。
それにしても偶然とはいえ、思いもよらない話が聞けたな。
ハッ!これはもしや‥神のお導き!?
明日は早起きして神殿に行かないと!!
読んで頂いてありがとうございます。