動き出した
隊長の実家で一晩過ごしたレイリアは、再び王宮へ戻って隊長の仕事を手伝っていた。
手伝うといっても隊長に言われた資料の整理や、乱雑に散らばった書類を纏めたりと簡単な物だが、何もしないでいるよりは何かをしている方がいい。
実は2人はある人物の訪れを待っていた。
その為今は隊舎を離れる訳にはいかないのだ。
お昼休みが終わって午後の仕事に取り掛かった頃、コンコンと扉を叩く音が聞こえる。
「どうやら動き出した様だな」
隊長はニヤリと笑ってレイリアを見てから、扉の向こうの人物に返事を返した。
入って来たのは若い女官。
この女官こそ2人が待っていた人物で、前日に隊長がマルグリットから助けた女官だ。
書庫でマルグリットの事を調べた後、隊長は女官にある事を頼んでいた。
それはマルグリットの行動の監視で、少しでもおかしな行動を見かけたら、直ちに報せて欲しいという物だ。
頼んだ通りやって来たという事は、つまりはそういう事なのだろう。
「失礼致します。隊長、昨日はありがとうございました」
「いや、君も災難だったな。理不尽な言い掛かりを付けられて。それでは聞かせて貰おうか。どんな事をしていたんだね?」
「はい。エドゥアルド殿下に朝食の同席を申し込まれましたが、殿下は執務室で召し上がるとの事で、渋々諦めた様でした。やはり昨日、隊長に言われた言葉が効いたみたいで、今日は一度も執務室へは近付いていません」
「そうかそうか。脅しが効いて何よりだ。それで、その後は?」
「珍しくお部屋に篭っていらっしゃったのですが、お昼になる少し前に、馬車を呼ぶ様言われました。行き先を聞くと王都だと仰って、先程出かけて行かれましたが、侍女も連れずにたったお一人で、馬車に乗って出て行かれました」
「王都‥しかもたった一人か。これは何やら臭うな‥。王都の何処かとは言っていなかったのかね?」
「そこまで詳しくは聞けませんでした。あの通りご気性の激しい方ですので」
「ふむ。それもそうか。いや、ご苦労だったね。こんな事を頼んですまなかった」
「いいえ、隊長には助けて頂いた恩がありますので、お役に立てれば何よりです。それに、ここだけの話ですが、私達はあの方の事を良く思っておりません。私以外にも被害に遭った女官は何人もおりますし、振る舞いも品位に欠けておりますもの!それなのにエドゥアルド殿下の妃候補と言われているなんて、皆が納得しておりません!」
よっぽど腹に据え兼ねたのか、女官はマルグリットの不満を口にする。
レイリアは"妃候補"という言葉を聞いて、思わず持っていた資料を手元から落とした。
「まあまあ、落ち着きなさい。エドゥアルド殿下は聡いお方だ。何が正しいのかは分かっている筈だよ。さて、私も出かける準備をしよう。君も自分の仕事に戻った方がいい」
「あ!申し訳ございません、つい興奮して不満を漏らしました。それでは失礼致します」
女官は不満を漏らした事を恥じて、そそくさと戻って行った。
レイリアはまだ少しだけ動揺していたが、平静を装って隊長に問いかけた。
「隊長、出かけるって、あの方の後を追うのですか?行き先は不明ですよ?」
「ふふん!カステーニョ、心配しなくてもいい。私は隊の連中が身に付けた特殊能力を、一通りこなす事が出来るのだよ。そうでなければ隊長は務まらないからね」
「えっ!?一通りこなすって‥隊長、怪物並みじゃないですか!」
「怪物というより、野獣だな。この異名は伊達ではないのだよ」
「ほ〜!そこから付けられたのですね。見た目じゃなくて‥」
「何だね?」
「いえ、流石です!では僕も準備を‥」
「いや、カステーニョは王宮に残ってくれ。相手に悟られずに行動するには、1人の方が都合がいい」
「‥確かに。でも、何だか色々すみません。全て頼りっぱなしで申し訳なくて‥」
「カステーニョ、いや姫君、私はマルグリット嬢を王家に仇なす者と考えておりますぞ。だからこれは最早私の仕事です。気にする事はありません」
「隊長‥!隊長っていい人ですね!私は隊長を頼った自分の判断を間違っていなかったと、改めてそう思います」
「姫君、その言葉をドミニク殿下やブラガンサ殿に、よく宣伝して下さいよ。これも私のいい所ですからな」
「は、はい‥」
「ではカステーニョ、私は後を追うが、君は王宮で待機していてくれよ。その格好をしているとはいえ、あまりうろちょろせん様にな。まあ、書庫位なら行っても良しとしよう。待っている間、退屈だろうからね」
「はい、分かりました。では本でも読んで待っています。隊長もお気を付けて」
「任せてくれ!何と言っても私は野獣と呼ばれているのだ。あの方程度に見付かるようなヘマはしないさ!」
隊長はニカッと笑って胸をドン!と叩いた。
相変わらず胸元からは濃い胸毛が覗いている。
能力もそうだろうけど、やっぱり見た目も野獣の異名に関係しているんじゃないかしら?
ワイルドだものねぇ‥
とりあえず書庫で本でも探して来よう。
あ!ついでに中庭のあの子に、ハチミツ水を持って行ってあげよう!
妖精達は皆アレが好きだもの。
隊長が出かけた後、レイリアはハチミツ水を作ってそれを水筒に入れると、中庭の方向へ歩いて行った。
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