繋がった
パラパラと卒業者名簿を捲る隊長に、レイリアはさっきから気になっていた事を、思い切って聞いてみた。
「あの、隊長、さっき言っていた事で、質問があるのですが‥」
「さっき言っていた事?どれを言っているのかね?」
「えっと、執務室の事です。法で裁かれるという話なんですが‥」
「ああ、その話か。あれは半分が本当で、半分が出まかせだよ」
「えっ!?出まかせって‥嘘をついたんですか?」
「そう。法で裁かれるの部分だけは出まかせだ。出入は禁じられているが、法で定められている訳では無い。あの方はご存知ないと確信したから、少々オーバーに話を盛ったのだよ。お陰であっさり話が済んだが、驚く程無知な方であったな。どうもあの方は、きちんとした教育を受けていない様に思える」
「あ、隊長もそう思ったんですね。実はわた‥僕も感じました。でも法の部分が出まかせで、ホッとしています。以前従兄弟が執務室で暴れたので、さっきの言葉を聞いてから、心配していました」
「暴れた!?ああ!ちょっと前のあの騒ぎの事かね?あれはジョアン殿下が、上手く取り計らって下さった。多少修理は必要だったがね」
隊長はイタズラっぽく言いながら、少し口元を綻ばせた。
つられてレイリアも笑顔になる。
傍目から見たら楽しそうに見えたのだろう。
たった今書庫にやって来たエンリケは、その様子に目を止めた。
「おや隊長、やけに楽しそうですが、珍しく事務仕事ですか?」
エンリケは走り回ったのか、息を切らせて隊長に話しかけて来た。
ヤバイ!と思ったレイリアは、反射的に頭を下げたが、エンリケがジロジロ見てくるので、仕方なく顔を上げた。
「事務仕事も珍しいですが、こういう少年を連れているのも珍しい。隊長、趣味が変わったのですか?」
「いや、この者は遠縁の者で、我が隊の入隊希望者なのですよ。今の所身の回りの世話をさせて、適性を見ておりますが」
「ほう!隊長の親戚ならば、身元は保証されているのでしょうが、入隊希望者というからには、特殊な能力を持っているのでしょうね?どんな能力なのです?名は何というのですか?」
グイグイ聞いてくるエンリケに、レイリアはたじろいだが、隊長は至って普通だ。
「カステーニョと呼んでおります。見習いなので、ニックネームですが」
「カステーニョ!何ですか隊長、そのセンスの無いニックネームは!付けるならソバカスに因んで、サルダスの方が相応しいでしょうが!」
「いえ、本人納得していますので、カステーニョで呼ぶつもりですよ」
「何を言っているのですか!ニックネームとは、その人の人生を左右する、重要な物なのですよ!ニックネームによって、人生が変わる事だってあるのですからね!やはり、サルダスに変えた方がいい!君だってそう思うでしょう?」
いきなり振られて焦ったが、エンリケは全く気付いていない。
隊長をチラリと見れば、自信たっぷりの顔をしている。
それならばダークブラウンの髪の少年として、振る舞うのが自然だろうと、レイリアは判断した。
「あの、カステーニョがいいです。サルダスは何だか猿っぽいので」
「なんと!サルダスと猿!上手い掛け合わせだ。ふむ、猿出す‥猿です‥おお!名作が出来上がりそうだ!」
「えっと‥何の話でしょう?」
「いや、こちらの事。君は中々キラリと光るセンスの持ち主の様だ。おっと、こんな話をしている場合ではなかった!隊長、ブラガンサ殿を見かけませんでしたか?」
「ブラガンサ殿ですか?見かけたらとっくに口説いている所ですよ。事務仕事などより、そちらの方がよっぽど重要ですからな」
「確かに!隊長ならそうするでしょう。しかし、もし見かけたら、口説かず執務室へ連れて来て下さい。エドゥアルド殿下が、火急の用事で呼んでいるのです」
「火急の用事ですか。ブラガンサ殿はモテますなぁ。それこそ口説き甲斐があるという物。腕が鳴りますよ」
「言っておきますが、ブラガンサ殿はノーマルですよ。とにかく、見かけたら頼みます!」
エンリケはそう言い残して、忙しそうに書庫を後にした。
ふ〜!緊張したわ。
全くバレずに済んで良かった。
これも隊長の化粧のお陰ね。
それにしても隊長の落ち着きっぷりは、尊敬に値するわ。
「隊長、話の逸らし方といい、振る舞いといい、感服致しました!」
「エンリケ殿とは長い付き合いだから、何を話せば食い付くか全てお見通しなのだよ。それよりもカステーニョ、これを見てくれ。私より二つ下の学年の卒業者名簿だ」
「隊長より二つ下‥この年代だと今‥26歳になりますね。えっ!?では隊長って、28歳!?」
「何を驚いているのだね?さては私が年齢より若く見えたか?良く言われるから慣れているよ」
「ハ、ハァ‥」
「見て貰いたいのはこの名前だ。ハメス・フォンテとあるだろう?確か、フォンテ男爵家の跡取りだと、威張っていたのを思い出したよ」
「そうなんですか?フォンテ男爵家とは初めて聞きましたが、そんなに有名な家なんですか?」
「その逆だよカステーニョ。その様な家があったのかと馬鹿にされる程、落ちぶれた借金だらけの家なのだ。それなのに何故威張っていたのか、それを思い出したら繋がったのだよ」
「何を思い出したのですか?」
「以前酒場でこのハメス・フォンテを捕まえた事がある。酔って暴れて手に負えなくてな、たまたま別の用事で通りかかった所を、顔見知りの店主から頼まれたのだよ。その時に威張り散らしておったのだ、自分はマンソン侯爵家の遠縁の、フォンテ男爵家の跡取りだとな。それで、数日後に同級生にその話をしたら、我々の二つ下の学年にいたと教えてくれた」
「ええと、そのハメス・フォンテと、マルグリットという方には、一体どんな繋がりが?」
「私の同級生は貴族の家に詳しくてな、ハメスの家族構成も教えてくれたのだよ。まあ、あの方は中々の美人だから、覚えていたのかもしれんがな。同級生は言っていた。ハメスには妹が2人いるのだと。私はそんな事をすっかり忘れていたのだが、さっきの威張り方がハメスにそっくりだったから、思い出したのだよ。まあ、名前までは思い出せなかったから、こうして調べる羽目になったのだがね」
「妹‥?それがマルグリットという方だと?」
「それを今から貴族名鑑で調べるのだよ。まだ当主は父親の筈だ。絵姿を確認してみよう」
レイリアは頷いて、隊長の捲るページをジッと見つめた。
「流石王宮の貴族名鑑だな。準貴族から家族構成まで載っている。お!あったぞカステーニョ!これだ!ファビオ・フォンテ男爵、このページだ!」
隊長の開いたページには、紫色の瞳に黒髪の男性が描かれていた。
ファビオ・フォンテ男爵
妻 ミリア
長男 ハメス
長女 ミゲーラ
「隊長、ハメスの妹は1人ですよ?もしかして、聞き間違いだったんじゃ‥?」
「う〜む、そんな筈は無いのだが‥。いや、待てよ!探し方を間違えたのだ!これは最新版なのだからな!」
「えっ!?どういう事です?」
隊長は又パラパラとページを捲って、別のページを探し始めた。
「繋がったぞカステーニョ!やはり聞き間違いでは無かったな!」
隊長が開いたページには、ファブレガス伯爵が載っていた。
ラウール・ファブレガス伯爵
妻 エミリア
長男 セスク
長女 マルグリット(養女。元フォンテ男爵家次女)
繋がってしまった‥!
やっぱりあの方は‥マンソン侯爵と関係があったのね‥。
では、一体何の目的が‥?
ううん、それより、この事をエディは知っているのかしら?
報せた方がいいわよね‥やっぱり‥
読んで頂いてありがとうございます。