思慮が足りない
隊長は書庫へ向かうフリをして、アフォンソ翼の方向へ向かった。
理由を尋ねると、マルグリットが滞在しているのは、アフォンソ翼の一室だからだと言う。
アフォンソ翼はドミニクやルイスも滞在している、来客用の5階建ての建物で、1階には女性用、3階には家族用、5階には男性用とフロアが別れている。
2階と4階は用途に応じて使い分けているそうだが、普段は殆ど使われる事が無いと、隊長は説明してくれた。
「タイミングよく現れてくれたらいいんですがね、そう都合良くいくとは思えません。ですから姫君、暫く階段で待機しましょう」
「隊長、わた‥僕はカステーニョですよ」
「おお、これは失敬!ハッハッハ!姫‥じゃなくて、カステーニョはすっかり馴染んでいるな!」
「シー!隊長、声が大きいです!バレない様にしないと」
「いや、すまんすまん。ではカステーニョ、私の後ろに身を隠して、いいと言うまで壁に貼り付いておいで」
「はい。こうですか?」
「飲み込みが早くてよろしい。現れたら偶然を装ってすれ違うから、私の後ろに付き従う様に!」
「分かりました」
隊長は壁にぴったり体を寄せて、少しだけ顔を覗かせながら様子を伺う。
レイリアはその後ろで息を殺して貼り付いているが、上から人が下りて来ないか、心配でヒヤヒヤしていた。
暫くすると、廊下の方から扉の開く音と、女性の声が聞こえて来た。
隊長は手を上げてレイリアに合図を送ると、立ち上がって歩いて行く。
慌ててレイリアも後を追うと、フロアの中間辺りに女性が2人、立ち話をする姿が見えて来た。
1人は女官の制服、もう1人は派手なドレスを着た、ブルネットの女性。
あれが‥マルグリットという方ね。
何を話しているのかしら?
近付くにつれて聞こえて来た会話は、ドレスと靴に弁償がどうのという、よく分からない内容だった。
しかも一方的にマルグリットが捲し立てている。
困った女官は、横を通り過ぎようとした隊長の、腕を掴んで縋り付いた。
「第1小隊の隊長様、どうかお助け下さい!」
隊長はチラリとレイリアを見たが、動揺する事なく、怪訝そうに聞き返した。
「どうした?何があったのだ?」
女官は困り果てた顔で隊長の前に膝をつき、廊下の花瓶に花を生けた事、それが倒れマルグリットのドレスと靴を汚した事、生けた女官に弁償する様言って来た事を話した。
隊長はそれを聞いて、みるみる顔を強張らせ、一つ咳払いをすると、マルグリットに向かって言った。
「マルグリット嬢でしたな?一つお尋ねしたい。花瓶は何故倒れたのでしょう?」
「知らないわ!横を通ったら倒れたのよ!どうせこの人が適当に置いたんでしょ?」
「花瓶が置いてあるのは、殿下や陛下の執務室がある廊下だけと決まっております。私も知っていますが、あそこに置いてある花瓶は、倒れない様下に重りの入った物を使う決まりですぞ。つまり、適当に置いても滅多に倒れる事は無いという事ですな。人が故意に倒さない限りは‥ですが」
「私を疑っているの?たかが小隊の隊長風情が、陛下の親戚であるこの私を、疑うというの?」
「私は隊長としての責務を、果たしているに過ぎません。王家をお守りするのが私の務め。王家が使う廊下に不備があったならば、原因を探るのが私の仕事です。ですからマルグリット嬢、花瓶がどの様に倒れたのか、他に怪しい人影を見なかったのか、そもそも何故国の重要な書類を取り扱う、執務室のある廊下に貴女がいたのか、詳しく話して頂けませんか?ご存知ないかもしれませんが、執務室には呼ばれない限り、足を踏み入れてはいけない決まりです」
「わ、私は‥陛下の親戚だわ!だから自由に入ってもいい筈よ!」
「やはりご存知ない様だ。国王の親族は1親等以外の、自由な出入を禁止されておりますぞ!これを破った場合、法によって裁かれますが‥まあ、今知っているのは私だけ。私さえ黙っていれば、丸く収まりますが?」
「そ、そういえば、花瓶に腕が当たったわ!そう、そうだったわ!ホホホ‥騒がしくしてごめんなさい。廊下は忘れ物をして、たまたま、偶然、通っただけなの。決して執務室には入っていないわ」
マルグリットはバツが悪そうに笑うと、派手な扇子を開いて口元を隠した。
扇子に隠した口元を、チラリとレイリアが盗み見れば、ワナワナと震えている様子が伺える。
一連のやりとりと、この様子を目にして、レイリアは何とも言えない不快な気分になった。
敵情視察と勇んで来たはいいけど‥
何というか‥思慮が足りない?
このタイミングで王宮にやって来たからには、何かあると思ったんだけど、陛下やジョアンやエディが警戒する、狡猾なマンソン侯爵が、こんな方に重要な役割をさせるかしら?
それとも、ワザとこうしてるの?
確かにそこそこの美人ではあるけど、それ以上に性格に難ありね!
隊長はニカッと笑うと、マルグリットに向かってこう言った。
「誰にでも間違いはありますが、陛下の親戚を名乗るならば、陛下のお顔に泥を塗る様な振る舞いはなさいますな。今回は私の胸に収めておきますが、他の者でも私と同じ様な対応をするとは、限りませんからな。では先を急ぎますので、これで失礼を!行くぞカステーニョ!」
「はい!」
レイリアはペコリと頭を下げて、隊長の後ろを歩き始めた。
何にせよ一刻も早く離れたかったので、思わずホッと溜息が漏れる。
「お待ちなさい!」
不意にマルグリットが呼び止め、レイリアに近付いて来た。
一瞬飛び跳ねそうになったが、そこは隊長がフォローして、マルグリットとの間に入る。
マルグリットはジロジロとレイリアを見ると、呆れた様な顔をした。
「仮にも隊長たる者、部下の身だしなみにも気を配るべきじゃない?」
「身だしなみですと?きちんと隊服を着ておりますが?」
「髪型よ!前髪が長過ぎるわ。みっともない!」
「前髪‥ハッハッハ!これは、ご忠告ありがとうございます。ですがこの者は特殊任務の為、ワザと伸ばしているのですよ」
「特殊任務?何なのそれ?」
「おや?我が隊が、特殊訓練を受けた隊である事も、ご存知ないのですか?我が隊には靴跡から犯人を突き止める者や、数種類の轍を見分ける者や、縄抜けが出来る‥」
「もういいわ!興味ない事は覚えない主義なの。さっさとお行きなさいな!」
「それでは"今度こそ"失礼しますぞ!さあ行こうカステーニョ!」
「はい」
何を言われるかビクビクしていたが、やはり拍子抜けだった。
隊長はさっさとアフォンソ翼を抜けて、書庫の方角へ歩いて行く。
「あれ?隊長、書庫はフリだったんじゃ‥?」
「あの方の、あの薄っぺらいプライドを振りかざす、ああいう話し方には見覚えがあるのだよ。だから書庫で学園の卒業者名簿と、貴族名鑑を調べようと思う」
「ほ〜!やはり隊長は、頼りになりますね!」
「これも私の良い所ですぞ!しっかり宣伝しておくれよカステーニョ」
「う‥は、はい!」
とにかく頼りになる隊長には、ドミニクの下着のおまけとして、ルイスの下着も渡すべきかもしれないと、レイリアは本気で悩んでいた。
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