仏の顔も三度まで
「着きましたよ。降りて下さい」
ミゲルの声でアマリアが腰を上げる。
アマリアは今、とても機嫌が悪い。
さっき馬車を取りに来たミゲルに「ババア」と呼ばれたからだ。
ここに着くまでの間、ずっとミゲルの文句を言っていた。
レイリアもミゲルの態度には少々腹を立てていたので、迷わずアマリアに同意した。
「なんですか!!ここは!?」
アマリアが大声で叫ぶ。
「森の家ですよ。殿下は貴方方を森の家へ案内せよと仰いました。私は指示に従ったまで」
何を騒いでいるのかと、レイリアも馬車を降りる。
すると目の前には小さな小屋が建っていた。
森の管理人辺りが使う小屋だろう。
「殿下は離宮と仰いました。あなたの目にはこれが離宮に見えますか?」
レイリアは怒りが沸々と込み上げてきたが、平静を装ってミゲルに問う。
「おや!バルコス辺りの方が離宮と小屋の区別がつくのですか?」
ミゲルはニヤニヤしながら、完全に馬鹿にした口調でレイリアに答えた。
「ああ、荷解きは自分達でやって下さいね。私は暇じゃないんで。そこのおばさんはそういうの得意そうだし」
更にミゲルは傲慢な物言いをし、馬車に繋いでいた馬を外した。
「何をしているの!?」
「何って?一頭は私が帰るのに必要だし、もう一頭はここに置いたってしょうがないから離してるのさ。あんた達どうせここから出られないだろ?十項目とやらで」
ミゲルは敬語を使うのはやめたようだ。
プツンとレイリアの中で何かが切れた。
「ミゲル!ちょっとこっちへ来なさい!」
「は?なんだよ偉そうに!弱小国の姫君ふぜいが!知らないなら教えてやるよ。あんたみたいな女は腐るほど殿下に寄って来るんだ。優秀な私はそいつらを排除する為に選ばれたエリートだ!」
「へぇ〜そういう扱い。事は急を要するので、国王不在のこの国に、きちんとした取り決めも無く、殿下の言いなりになってやって来た訳だけど、こういう扱いをする人なんだ。よーく分かったわ。私も我慢する必要が無いって事がね!」
「は?」
ミゲルの右耳に空気を切るシュッという音がした。
次の瞬間右頬に激痛が走り、目の前にチカチカと星が舞う。
バランスを崩したミゲルは、思わず後ろに尻餅を着いた。
何が起こったのか分からず、呆然とするミゲルの首にレイリアは光る物を押し付ける。
「その減らず口を二度と聞けない様に、首を落としてあげましょうか?」
チラリとミゲルが首元を見ると、銀色に鈍く輝く短剣が押し付けられていた。
「ひっ‥!!」
「さっきから黙って聞いていれば、くだらない事をペラペラと!お前みたいな男がエリートだと?この国の将来もたかが知れてるわ!!帰って王太子に伝えなさい!!こちらこそアンタなんかお断りだってね!アンタなんかと結婚するくらいなら、ミドラス皇帝の側室になった方が百倍もマシだわ!一言一句間違えずに必ず伝えなさい!!」
レイリアの手に力が入り、ミゲルの首から一筋血が流れる。
ミゲルは真っ青になって何度も頷いた。
レイリアが手を離すと、ミゲルは転がりながらレイリアの元を逃れた。
四つん這いになって赤ん坊がハイハイする様に進んでいる。
どうやら腰を抜かしている様だ。
更に追い討ちをかけるように、レイリアはミゲルの向かおうとしている先に短剣を投げた。
目の前にブスリと短剣が突き刺さり、ミゲルは悲鳴を上げながら走って逃げて行った。
パチパチパチパチ!
振り返るとアマリアが拍手をしている。
「姫様!大変お見事でした。私は初めて姫様がお転婆で良かったと思いました!」
「‥勝手に体が動いていたわ。やり過ぎたかしら?」
「いいえ!!あの男にはあんなもんじゃ足りません!!腕の一本でも折ってやれば良かったんですよ」
「それは流石に私の力じゃ無理だわ。でも流石に我慢の限界だったの。さっきの発言といい、この扱いといい、よくあんな男に案内させたわね」
「同感です。これは戻って抗議するべきです!まずはルイス様に相談しましょう。幸い馬もあります‥あっ!!」
「えっ!?ちょっと、待って待って!!」
ミゲルは最悪の仕事をしていった。
馬車に繋がれていた二頭の馬は、いつの間にか馬車から離れて、好きな方向へと走って行ってしまった。
「‥最悪だわ‥‥」
「‥同感です‥‥」
片道10キロを歩いて行くには、陽が傾き始めた今からでは無理だ。
レイリア達は仕方なく、小屋の中で夜を明かす事にした。
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