不愉快な反応
なによ!なによ!なによ!
バカにして!!
礼儀知らずですって!?
侯爵様と同じセリフまで、よくも言ってくれたわね!
悔しい!悔しい!悔しい!!!!
怒りの収まらないマルグリットは、廊下に置かれた花瓶を倒して、中の花を撒き散らした。
余りにも興奮していた為、勢い余ってドレスの裾まで花瓶の水が跳ね上がる。
しかし、それすら気付けない程に、罪も無い美しい花達を、夢中になって踏み付けていた。
あんな女、幸運だっただけじゃない!
侯爵家に生まれて、エドゥアルド殿下の従姉妹だったから、許嫁に選ばれただけ!
そりゃあ‥確かに薔薇と呼ばれる程には美しいけど、私だって別に負けていないわ!
私は侯爵様が集めた娘達の中でも、一番美しかったのだから。
だから私が選ばれたのだと思ったのに、殿下の花嫁候補として、養子縁組させられたのだと、そう思ったのに!
なのに侯爵様は勘違いするなと仰ったわ。
私の役目は侯爵様の遣わした男達を、王宮へ手引きするだけなのだと。
私は礼儀知らずで、知識や教養不足なのだと、あの方は実力も知ろうとせず、そう決め付けて物を言ったのだから。
ふん!
だから私は実力で殿下を手に入れて、未来の王妃になると決めたの。
落ちぶれたフォンテ男爵の娘だった私が、今では陛下の親戚筋の伯爵令嬢よ!
こんなチャンス、活かさない訳がないわ!
今に見ていなさい!
殿下を私の虜にして、私に頭を下げる侯爵様や、悔しがるあの女の顔を、じっくり観察してあげるから!
一通り怒りをぶつけ終えて、少しだけ落ち着いたマルグリットは、やっとドレスの裾や靴が、踏み付けた花の汁で汚れている事に気付いた。
「ああっ!なんて事!高い靴だったのに!なんて忌々しい!」
自分が起こした惨状より、靴の心配をするマルグリットを、ドミニクは呆れ顔で物陰から見ていた。
執務室からマルグリットを追いかけて来た所で、マルグリットが花瓶に手を伸ばす様子が見えた。
何をするつもりなんだ?
とりあえず様子を伺うか。
そう思って近くの柱の影に隠れ、ジッとマルグリットの行動を観察していると、ヒステリックに当たり散らす、とてもレディとは思えない行為を、目の当たりにする事になった。
ひとしきり暴れた所で、今度は靴の心配をする。
呆れて物が言えない所だが、言われた事をやらない訳にはいかない。
意を決して柱の影から出ると、ドミニクはマルグリットの後ろに立った。
「マルグリット様、お忘れ物を届けに参りました」
低くなり過ぎない程度に、声のトーンに気を使う。
するとマルグリットは、眉間に皺を寄せながら、ゆっくりと振り返った。
「‥忘れ物ですって?貴女‥イザベラ様の後ろにいた侍女ね!?なんて余計なお世話なのかしら!ご主人同様、余計な事をしてくれるわね!」
思わず顔をしかめそうになったが、ドミニクは怯まずマルグリットの手を取って、ハンカチを握らせた。
「手にお怪我はされていない様ですね。棘のある花もございますので、この様な事はなさいますな」
極上の微笑みを浮かべてマルグリットを見つめると、マルグリットはみるみる赤くなり、暫くそのままの姿勢で動かなくなった。
「‥マルグリット様?」
「ハッ!私とした事が!い、いえ、何でもないわ。貴女‥イザベラ様付きの侍女なの?」
「はい。ポンバル家の侍女にございます」
「んまぁ!ポンバル家では‥欲しいと言えないじゃない‥」
「ええと、それが何か?」
「ねえ貴女、ポンバル家を辞めて、私の侍女にならない?」
「いえ、それは出来ません。ポンバル家には大恩がありますので」
「借金でもあるの?だったら私が払ってあげる!だから私の侍女にならない?」
「借金などはございません。我が家は代々ポンバル家の使用人として、信頼を得ております。その信頼を裏切る訳には参りませんから。ですが、有り難い申し出、心より感謝致します」
今度はにっこりと笑ってみせると、マルグリットは恥ずかしそうに顔を背けた。
「‥ズルいわ‥。生まれながらの身分や容姿の他に、こんな人を側に置いているなんて‥‥」
ぶつぶつと呟き、一向に諦める様子が無いので、ドミニクはなんとか話題を変える事にした。
「お足元が濡れていますね。このままだと風邪をひかれてしまいます!今誰か呼んで参りますので、暫くお待ち下さい」
「えっ!?ちょっと!そんな、待って!もう少しだけ側にいてよ!」
マルグリットは叫んだが、ドミニクは聞こえないふりをしてその場から逃げ出した。
何なんだあの変わり様は?
普段の女性の反応と同じ様で、明らかに違う!
少なくとも避けられはしないが、逆にこちらが避けたいと思う。
それに僕は、初めて女性に対して、嫌悪感を抱いた。
こんな事は、もう御免だ!
出来れば二度と会いたくない!
ドミニクは素早く女官を捕まえると、マルグリットの着替えと、花瓶の片付けを頼んだ。
そしてマルグリットに出会わない様、遠回りをして執務室へ戻る事にした。
読んで頂いてありがとうございます。