取引材料は宝石並に価値がある
「もっと砂糖はいりますかな?遠慮せずにケーキもどうぞ。実は私は甘い物に目が無くてですね、お茶の時にはいつも欠かさず用意しているのですよ」
ルイスが突然訪ねて来たので、ニコニコと上機嫌な第1小隊隊長は、お茶と大きく切り分けたケーキを勧めてくれる。
隊長はスプーンに山盛り3杯の砂糖と、たっぷりのミルクをお茶に入れ、切り分けたケーキに最早何のケーキであったのか分からない程生クリームを乗せて、美味しそうに口に運んだ。
ルイスと男装したレイリアは、それらを目の前にして、若干胸焼けを覚えていた。
「甘い物って‥限度があるだろ‥」
隣でルイスが呟いた。
レイリアもそう思ったが、まずはどう話を切り出すべきか様子を伺うしかない。
胸焼けを抑えながら隊長をチラリと見ると、先に口を開いたのは隊長の方だった。
「しかしこれは何の余興ですかな姫君?そんな格好をされて、私に何の話があるのでしょうか?」
「えっ!?私が名乗らなくとも誰か分かるのですか?」
「ええ。私は一度見た人物は、どの様な格好をしていても一目で見破ります。第1小隊の隊長たるもの、これくらい出来なくては務まりません」
隊長は当然とばかりに、ニヤリと笑った。
濃いわ〜!
笑っているのに何故か怖い!
でも、ここで怯む訳にはいかないわね。
「感服致しました。さすがオセアノが誇る特殊部隊の隊長ですね。第1小隊は守秘義務も完璧だと聞いております。そこを見込んで、頼みがあるのですが‥」
「姫君、先に言っておきますが、我々はオセアノの部隊です。ですから、いかに姫君が国賓であっても、姫君個人の都合で部隊を動かす事は出来ませんよ?」
「ええ、それは十分承知しております。ですから、隊長個人にお願いをしたいと思います」
「私個人ですと?フム、それは直接ここへいらした事と、その男装に関係する事なのでしょうな。しかし姫君、私は王家のご意向に逆らう様な事には、協力出来ませんぞ?」
う!さすがに鋭いわね。
先に釘を刺されては、切り出しにくいんだけど‥
「正直に申しますと、逆らうの部類に入るのだと思います。私はエドゥアルド殿下に身を隠す様言われておりましたが、それに逆らってこうして王宮へ戻ったのですから。でもそれは、殿下の周りに怪しい動きがあるからです。私はそれを見極める為、承知の上で戻りました」
「‥姫君、エドゥアルド殿下は聡いお方だ。怪しい動きがあるならば、既に気付いていらっしゃる筈です。身を隠せと仰られたのであれば、それは姫君の方が危険だと判断なされたのでは?」
「エドゥアルド殿下は‥過保護なだけです。自分を囮にして解決しようと考えているんです。ですから危険な事をしているのは、殿下の方なのですわ。隊長を始め臣下の方々は、上からの指示には逆らえません。あの人はギリギリまで引き付けてからでないと、指示を出さない筈ですわ。それがもし手遅れであったら、取り返しがつかないというのに!」
少し興奮気味にレイリアが言うと、隊長は目を細めてそれなりに優しく微笑んだ。
「恋心ですかな。お気持ちは伝わりました。ですが私は立場上、殿下に報告しない訳には参りませんぞ」
「それは‥報告して頂いて構いません。ですが3日だけ待って下さい。3日後に私は元いた場所へ帰りますから。その間に兄が報告するかとは思いますが」
「おお!麗しのドミニク殿下ですな!神が創りたもうた奇跡の麗人。非の打ち所がないとは、正にあの方の事だ!」
今度は隊長が興奮気味にドミニクの事を語り出した。
ルイスは黙っていたが心底嫌そうな顔をしている。
でもレイリアはドミニクに反応する隊長を見て、ちょっとした取引が出来そうだなぁと考えていた。
「いや、熱く語ってしまいました。そういえば姫君、肝心のお願いとは何か聞いておりませんでしたな。一応内容を聞いておきましょう」
「ええと、隊長は女性より男性の方がお好きだと伺いましたわ。ですから隊長の側にいるのが一番安全だと思いました。3日の間、私を第1小隊に置いて頂きたいのです。武器の手入れ係とか、雑用で構いませんから」
「確かに私はノーマルではありませんが、うちの隊員は私以外全員ノーマルですぞ。そんな男所帯に姫君を置く事は出来ません。ましてや雑用など姫君にさせる事ではありません。姫君、諦めて下さい。馬車を用意致しますので、お送り致しましょう」
「‥残念だわ‥‥。隊長が言う事を聞いてくれたなら、兄の私物を差し上げようと思っていましたのに‥」
「何ですと?今ドミニク殿下の私物と、そう仰ったのですか?」
「ええ‥。隊長は兄を好ましく思っているみたいなんですもの。聞いてくれたらお礼として、お好みの物を差し上げようと思っていたのですが‥‥残念だわ」
「私の好む物ですと?それは‥どんな物でもですかな?」
「剣とかは無理ですけど、日常使う物でしたら入手可能ですわ。でも、そんな物で無理なお願いを聞いて貰おうなんて、虫が良すぎますよね?」
「‥‥‥私の身の周りを世話する、見習い隊員で手を打ちましょう」
「えっ!?まさか聞いて頂けるのですか?」
「仕方ありません。ドミニク殿下の私物といえば、私にとっては宝石と同じです。ですが姫君、3日だけですぞ!」
「隊長!!さすが話が分かる!で、兄のどんな物を望みますか?」
「もちろん、下着です!!」
「へっ!?し、下着!?」
その言葉を聞いて、お茶を飲んでいたルイスが激しく咳き込んだ。
だが隊長は当然の様に続ける。
「出来れば使い古した物が良いですな。おっと、少々マニアック過ぎましたか?ですがこちらもリスクを背負っているのです。下着位価値のある物でないと!」
「わ、分かりました。必ずご用意致します。では隊長、今からお願いします!」
隊長は満面の笑みでレイリアと握手を交わした。
ルイスは背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、自分でなくて良かったと心底思っていた。
それにしてもレイリア、悪い顔をしているなぁ。
もし兄さんにバレたら‥いや、恐ろしすぎて考えたくないや‥
どうかバレませんように!
読んで頂いてありがとうございます。