図々しいお願い
ポンバル邸を出てから暫く走ると、ブラガンサの馬車は王都の中心にある広場に入った。
「ルイス様、今日は随分と賑わっていますねぇ。お祭りでもあるんでしょうか?」
「ああ、今日はオセアノ全ての神殿で、子供達にお菓子を配る"シントラの恩恵の日"なんだよ。だから親子連れや子供達が多いだろう?」
「あらまあ、今日でしたか!懐かしいですねぇ。私も子供の頃よく貰いに行きましたよ。普段は滅多に神殿になんか行かなかったんですけど、この日だけは神殿をハシゴしました」
「アマリア、バチが当たるよ!ハッ!もしやレイリアの教育が上手くいかなかったのは、そのせいじゃないのか!?」
「何を言っているんですか。姫様を上手に教育出来る人がいたら、お目にかかりたいもんですよ!泥だらけで駆けずり回るのは日常茶飯事でしたし、木登りなんて何度言ってもやめませんでした。姫様はもう、お転婆の域を超えています。野生動物と同じですよ!」
「野生動物!!中々いい表現だね。第1小隊隊長の野獣といい勝負だ。隊長が熊ならレイリアは猿かな?」
「まあルイス様!なんてぴったりな表現を!さすがセンスがありますね」
2人はハッハッハと楽しそうに笑っている。
すると目の前の衣装箱からドン!と音が聞こえて来た。
「ん?今そこから音がしませんでしたか?」
「うん、何だか不気味だね。まさか本当に猿が入っていたりして」
「実は中身が気になって仕方がなかったんです。どうします?開けてみますか?」
「えー何か怖いな。猿が出て来たらどうする?」
「猿なんか用意出来る訳無いでしょうが。全く、ルイス様は意外とビビリなんですから!早く開けて下さいよ」
「そういうアマリアだって僕に開けさせようとして卑怯だよ!僕はビビリというより、用心深いんだ!」
「おや?知らなかったんですか?それをビビリと言うんです」
「なんだって?そんなに言うなら開けてみせるよ!いいかい、開けるよ?」
「はい、さっさと開けて下さい」
ルイスは恐る恐る衣装箱の留め金を外して、慎重に蓋を持ち上げた。
すると箱の中からガバッと何かが起き上がり、ルイスは尻餅を着いて思わず叫んだ。
「うわっ!!さ、猿!?」
「誰が猿よ、誰が!!
「えっ!?姫様!!」
「そうよ私よ!決して猿ではないわ!!」
箱の中から現れたレイリアは、腰に手を当てプンプン怒っている。
「全く油断も隙も無いわ!2人共私がいないと思って好きな事言ってくれるわね!」
ルイスは尻餅を着いたまま、口をあんぐり開けている。
アマリアはワナワナと震えながら、右手の人差し指でレイリアを指し、左手を腰に当てて立ち上がった。
「姫様!何をやっているんですか!!荷物などと言って、私を騙しましたね!」
「あら、荷物は荷物でしょ?嘘は言っていないわ」
シレッと言ってのけるレイリアに、ルイスも立ち直って言い返した。
「レイリア、自分が何をしているのか分かっているのか?君が戻ったらエドゥアルド殿下の計画が台無しになるんだぞ!」
「分かっているわよ。でも逆にルイスだって分かっているでしょ?私が大人しくただ守られているだけなんて、我慢出来る筈が無いって事を」
「全くああ言えばこう言うんだから!今日は恩恵の日で道が混んでいる。今から戻る訳にもいかないし、どうするつもりなんだよ?」
「それについては‥ルイス、お願いがあるの!」
「姫様、お願いなんて図々しい!姫様はどうにかして戻るべきです!どうにかは思い付きませんが」
「ほらね?今更戻る事は出来ないのよ。だからルイス、お願い!もちろん私もルイスの為に一肌脱ぐつもりよ」
「‥‥何だか嫌な予感しかしないけど、一応聞くだけ聞いてやるよ。まずはその一肌脱ぐって何の事だい?」
「そ・れ・は‥イネスの事よ。エディが言っていたわ。ルイスったら、イネスが気に入ったんですって?」
「な、何を言い出すんだ!」
「おや?ルイス様、そうだったんですか!それならそうと、先に言ってくれなくては!イネス様なら文句のつけようがありません。随分趣味が良くなりましたね。野生動物は捕獲が難しいですから、諦めて正解です」
「‥その事については、そっとしておいてくれないか?」
「もちろんそっと見守るつもりよ。でも2人になる機会を沢山作ってあげる事は出来るんじゃないかしら?私とアマリアが協力すれば、結構イケると思うんだけど。ねっ!アマリア?」
「お任せ下さい!そういうのは得意分野です!伊達に愛の伝道師を名乗っていませんからね」
フッフッフ‥狙い通りね!
このネタならアマリアも食い付くと思ったのよ。
後はルイスを上手く説得するだけだわ。
「‥それは置いといて、お願いってのを聞こうか?」
「え、えーと、私が攫われた時出動したのは第1小隊だったわね?」
「そうだけど、それが何?」
「だから色々な事情を知っているのは、第1小隊だけって事になるわ。陛下の近衛部隊は置いといて」
「まあそういう事になるね。第1小隊は特殊部隊だから守秘義務も完璧なんだ。隊長の趣味は別にして」
「そう!それよ!隊長がそっちの趣味だから安心だと思うのよねー。私が第1小隊に潜り込んでも」
「はぁ?何だって!?潜り込むって‥まさか第1小隊に身を隠すつもりなのか?」
「ええ。だからルイスには隊長と会わせて貰いたいの。交渉は自分でするから」
「嫌だね!僕の貞操の危機だ!」
「一緒に行けば大丈夫でしょ?どうせ戻れないんだから、私を送り返すにしても3日後よ?その間王宮の自分の部屋にいる訳にもいかないじゃない。だったら一番あり得ない場所で動く方がいいかと思って。第1小隊なら安全面もバッチリでしょ?」
「はぁ‥姫様はなんちゅう発想をするんでしょう。やっぱり私はバチが当たっているんですかねぇ‥」
「アマリア、私の性分だから諦めて。だってやっぱり私は、双方協力し合って壁を乗り越えたいもの。エディとはそういう関係性を築きたいから」
それを聞いてルイスは諦めた顔で、長い溜息を吐いた。
「こういう時のレイリアには、何を言っても聞かないんだよな。‥分かったよ、隊長に話を通す。その代わり絶対バレるなよ!」
「ありがとうルイス!!やっぱりルイスは面倒見がいいわね!イネスに良くアピールしておくわ!」
「だからそれは、そっとして置いてくれよ!」
「ルイス様、そっとして置いたら恋は始まりません!あれだけの器量良しですから、気付いたら他の殿方に攫われてた!なんて事も‥最近あったじゃありませんか?」
「うっ!そうやって傷口を抉らないでくれ。それよりレイリア、兄さんには何と言うつもりなんだい?今頃絶対怒っている筈だよ。考えただけで恐ろしい!」
「多分連れ戻しに来るわね。だから先に連絡だけしておこうと思って。アマリア、窓を開けてくれる?」
言われた通りアマリアが窓を開けると、レイリアは妖精を呼んで言伝を頼んだ。
「ごめんなさいお兄様。絶対見付からない場所にいるから心配しないで」
カツラを被って鏡を見つめるドミニクは、自分の格好と金色の文字を見て大きな溜息を吐いていた。
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