衣装箱の中身
ルイスは言葉通り3日に一度やって来ては、あれこれ話してくれた。
最初の3日後はアマリアの都合が付かず連れて来る事が出来なかったが、今回は一緒に連れて来る事が出来た様だ。
そして本来ならもっと早く戻る予定だった、ポンバル侯爵も一緒に王宮から戻った。
レイリアとドミニクは初めて顔を合わせるポンバル侯爵と挨拶を交わし、急な滞在を詫びたのだが、侯爵はむしろ大歓迎だと言って喜んでいる。
それに、エディから全ての事情は聞いているとの事で、侯爵に説明する必要は無かった。
「マンソンは一時的に謹慎処分にはなりましたが、マンソン派の連中は動いていますからな」
王宮での近況を話した後、ポンバル侯爵はそう言って眉間に皺を寄せている。
「僕はバルコスの人間ですから、マンソンという人物を良く知りませんが、話を聞く限りではかなり狡猾なやり方をする人物なのでしょうね。だから‥既に動いている筈です」
目を閉じて話を聞いていたドミニクが、パッと目を開くと、顎に手を添え人差し指で唇を押さえながら口を開いた。
レイリアにはこのポーズが何を意味するのか分かっている。
「お兄様それって‥何か視えたのね?」
「うん、まあそうなんだけど‥マンソン侯爵ではないヴィジョンが頭に浮かんで、正直困惑している」
「え?マンソン侯爵ではない?それじゃあお兄様、一体何が視えたの?」
「‥‥ブルネットに紫色の瞳の‥女性の姿。それと‥」
「女性?それと何?」
「いや、良く分からない‥」
言葉を濁しながらドミニクがチラリとルイスを見ると、ルイスは微かに首を横に振ってそれ以上は言うなと合図を送っている。
アマリアも何だか困った顔をして戸惑う様子を見せていたが、レイリアはそれを見ても気付かないふりをしていた。
「ルイス、アマリアはまた王宮へ連れて行くのでしょう?すぐ戻るの?」
「1時間後には戻る予定だよ。今はアマリアより兄さんの従者の方が大変なんだ。お見舞いと言ってご婦人方が押し寄せていてさ、兄さんはモテるからね。品物は受け取らない様にしているけど、花屋が開ける程花束が届いてるよ」
「ルイス、僕がではなくて、バルコスの金がモテるんだ。バルコスの金が失くなった事は、陛下が秘密にしているからね。多分知っているのはミドラスだけだろう。抜け目の無い父上の事だ、既に知らせて兵を退かせた筈だよ」
「分かってないなー兄さんは!ねえレイリア、兄さんがカッコいいからだよね?」
「それはイザベラに聞いて。それよりアマリア、戻るなら持っていって欲しい物があるの。時間がないからちょっと来て!」
レイリアは忙しそうにアマリアを連れて部屋へ行くと、しっかり鍵をかけてアマリアを座らせた。
「ねえアマリア、私に何か隠している事があるのでしょう?」
「な、何を言っているんですか姫様?さてはアレの意味ですか?」
「アレの事は忘れていたわ。さっきのお兄様の話よ。お兄様もルイスも、明らかに私には聞かせたくない様子だったわ。一体何の話なの?知っているなら教えて!」
「全く大した話じゃありませんよ。ルイス様はともかく、ドミニク様は慎重過ぎます。イザベラ様とはどうなんです?」
「アーマーリーアー!とぼけてもムダよ!」
「はぁ‥あまり姫様が聞いても気分のいい話じゃないですよ?」
「いいから話して!」
「分かりましたよ。損な役割ですねぇ私は。実は‥エドゥアルド殿下が戻ったと陛下が宣言された途端、貴族連中がこぞって縁談を持ちかけたんです」
「縁談‥ですって!?」
「ええ。タチの悪い事にドミニク様のお見舞いにかこつけて、エドゥアルド殿下にもご挨拶をと連日押しかける始末です。まあ、陛下もエドゥアルド殿下も適当にあしらって相手にはしていませんが」
「その押しかけて来た中に、ブルネットで紫色の瞳の女性がいるのね?」
「ま、まあ‥そうです」
「アマリア、ちゃんと教えて。エディや陛下が相手にしていないと言ったけど、その女性だけは特別なんでしょう?でなきゃお兄様が視る訳ないわ!」
「‥分かりました、話しますよ。そのブルネットの女性というのは、亡き王太后様の従兄弟で陛下のはとこにあたる、ファブレガス伯爵の養女マルグリット様という方です。他の方々はあしらえても、王太后様の親戚となりますとさすがに陛下も相手にしない訳にはいかない様でして、王宮での滞在を許可なされました」
「待って、養女と言ったわね?それにお兄様が視えたって事は、マンソン侯爵に関係があるんじゃないの?」
「分かりません。私も調べようと思いましたが、なにせ姫様の元へ面会希望でやって来る殿方を追い返すのが忙しくて。お陰で姫様の部屋も花だらけになっています。勿体無いからドライフラワーにしていますが」
「ドライフラワーはいいアイデアね。でもアマリア、他にも何か隠してない?お兄様は女性の他に何か視えた様子だったわよ?」
「仕方ありません、私も黙っていられない性分ですから、思い切ってぶちまけますよ。実はマルグリット様はエドゥアルド殿下にべったりで、王宮に来てから片時も離れずに過ごしておられます。エドゥアルド殿下も断れないものですから、腕を組んで歩いたり、食事やお茶をご一緒されたりと、王宮では婚約も秒読み段階だと囁かれているんです」
「婚約!?婚約ですって!?」
「まあまあ姫様、落ち着いて下さい。私が見る限り、エドゥアルド殿下の目は恋する者のそれではありませんから大丈夫ですよ‥多分」
「‥落ち着いているわよ。むしろ落ち着きすぎな位落ち着いているわ。落ち着きすぎ年間大賞を受賞する程にはね。多分‥‥ジョアンの残したセリフのお陰かしら。あれは‥こういう事を予想して釘を刺したのだわ」
「ジョアン殿下ですか?何と仰ったのです?」
「‥内緒よ。まあいいわアマリア、これからちょっと大きめの荷物を用意するから、それを王宮の私の部屋へ運んでちょうだい。急いで運んで欲しいから、ルイスにそう伝えて来て。ついでに荷運びの男性を2人程よこしてね。指示は私が出すから、アマリアは先に馬車で待ってて」
「えっ?姫様何の荷物なんですか?せっかく持って来たのに」
「持って来たのが間違いだった物よ。いいから早くして!ああ、私は見送りをしないけど、荷物は大事に扱ってね」
アマリアはブツブツと文句を言ったが、レイリアはおかまいなしで言う事を聞かせた。
ルイスはアマリアから聞いて驚いた顔をしたが、自分がマルグリットの話をしなくて済んだ事を安堵して、言われた通りにしてくれた。
レイリアの頼んだ荷物は衣装箱で、向かい側の座席を占領する程大きい。
大事に扱う様言われたので、仕方なく座席に乗せたが、アマリアは中身が気になってしょうがなかった。
「じゃあ兄さん、また3日後に来ますね。イザベラ嬢、レイリアの事を頼みます」
「ええ。後で様子を見てみるわ。マルグリットという方は私も初めて聞いた方よ。調べてみる必要があるわね」
「イザベラ嬢が知らないとなると、やはり何か裏があるな。ルイス、エドゥアルド殿に十分注意する様伝えてくれ」
「分かりました。僕も調べてみます。じゃ、急げって事なんでもう行きます」
ルイスはアマリアの隣に座って、御者に合図を送った。
馬車は門をくぐってみるみる小さくなっていく。
すっかり見えなくなってから、イザベラはレイリアの部屋を訪れた。
「レイリア、ちょっとお話があるの。いいかしら?」
「‥‥‥」
「レイリア?どこにいるの?眠ってしまったのかしら?」
イザベラはベッドを見たがレイリアの姿はない。
そして部屋中隈なく探したが、どこにもレイリアの姿は無かった。
焦ったイザベラは邸の中を探し回った。
けれどどこにもレイリアの姿が見えない。
「ドミニク様、大変ですドミニク様!!」
血相を変えて取り乱すイザベラを見て、ドミニクは驚いた顔をした。
「どうしたんだイザベラ嬢、何があった?」
「レイリアが、レイリアがいないのです!邸の中を探しても、どこにも‥!」
「何だって!?一体どこに‥‥‥まさかあの衣装箱か!?」
「衣装箱?さっき積み込んでいたあの箱ですか?」
「レイリアの事だ、あの中に隠れて王宮へ行ったんだろう。僕はすぐ追って連れ戻す!馬の用意を頼むよ」
「お待ち下さい!ドミニク様は行ってはなりません!」
「なぜ?僕が行くべきだろう?」
「ダメです!ドミニク様が行っては身を隠している意味が無くなってしまいます!ですから、私が行きます!ちょうどマルグリットという方の事を調べられますし、私はエドゥアルドの元許嫁です。きっと向こうから接触してくる筈です!」
「‥‥君の言う事は正しいけど、それでは僕の気が済まない。だから‥僕も一緒に行く!」
「ですから、それでは意味が無いと!」
「君の護衛としては?もちろんしっかり変装するつもりだよ」
「‥分かりましたわ。でも、護衛ではなくて侍女として着いて来て貰います」
「侍女だって!?まさか‥女装を?」
「ええ。絶対にバレませんし、きっと素晴らしい美女になりますわよ」
絶対やりたくなかったが、それ以外に良い方法が浮かばなかったので、ドミニクは仕方なく生まれて初めてコルセットを身に付けた。
あけましておめでとうございます!
いつもありがとうございます。