主人より目立つ
朝食後にポンバル邸のサロンでお茶を飲んでいると、ルイスが突然訪ねて来た。
「なによルイス、こんな朝早く!まさかこんな所まで来て、神殿に供物を捧げろなんて言うんじゃないわよね?」
「レイリアさ、わざわざ朝早くからやって来た、心優しい従兄妹に向かって言うセリフじゃないよね?別に僕だって来たくて来た訳じゃないってのにさ、そんな嫌味を言う従兄妹に、この手紙を渡すべきかどうか迷うね」
「え?手紙!?手紙って、まさか‥」
「あーあ、碌に休みもせず忙しく働いているエドゥアルド殿下が、わざわざ君に書いた手紙なんだけどね、君はどうやら必要なさそうだ。迷惑そうだし」
「ルイス、良く来てくれたわね!お茶はいかが?美味しいお菓子もあるのよ」
「その変わり身の速さは、ある意味賞賛に値するよ!」
2人のやり取りにイザベラとアンドレは笑っている。
ドミニクは相変わらずの2人に、軽く咳払いをした。
「2人共!僕にまた同じ事を言われたいのか?人前だというのに、余りにも大人気ないな」
「「‥はい、ごめんなさい」」
「ルイス、朝早くから来た位だ。エドゥアルド殿は何と?」
「はい兄さん、実はアマリアを連れて来る様に言われました」
「えっ!?アマリアを?なんでアマリア?」
ルイスの口からアマリアの名前が出たので、レイリアとアマリアは顔を見合わせている。
ドミニクはその意図が分かったらしく、アマリアにすぐ準備をする様指示をした。
「ねえお兄様、何でアマリアなの?」
「口実を本当らしく見せる為だろう。ルイス、今僕とレイリアは王宮で何と説明されているんだい?」
「表向きは兄さんは訓練中怪我をして絶対安静で、レイリアは体調不良により寝込んでいる事になっています。でもどこからか誘拐事件の話が漏れていて、兄さんは救出の際に負傷したと言われているし、レイリアはショックで寝込んでいるのだろうと言われています」
「成る程ね。どこからかというよりは、ワザと漏らしているんだろう」
「え?お兄様、なんで漏らす必要があるの?」
「まあ、平たく言えば僕等が身を隠すいい口実になるし、陛下とエドゥアルド殿2人が手を組んでミドラスを退けたと示したって所かな」
「平たく言い過ぎて分からないわ。お兄様、私にも分かる様に説明して!」
「ジョアン殿下と陛下の仲が、あまり上手くいっていない事は皆が知っている。だからお互い別々に行動していて、王室の派閥も二つに分かれていた。ところがエドゥアルド殿は陛下と行動を共にし、発言も同じにしたんだ。つまり王室の力関係が一つにまとまったという事なんだ。例えば僕とレイリアが別々の命令を出したとして、アマリアはどっちの言う事を聞く?」
「間違いなくお兄様ね!アマリアはお兄様の言う事なら間違いないと思っているもの」
「それじゃあアマリアがレイリアの命令を聞きたくなくても、僕がレイリアの命令を聞く様に言ったら?」
「聞くわね!分かったわ!そういう事なんだ」
「そう。陛下派とジョアン殿下派に分かれていた物を一つにまとめる事で、王室の力が強くなった事を示したんだよ。そこで行き場が無くなったのが、マンソン率いるジョアン殿下派だ。エドゥアルド殿はマンソン一派を孤立させる狙いがある様だね」
「さすが兄さん!!レイリアにも分かる説明だ!」
「にもって何よ、にもって!でもアマリアは何で呼ばれたの?」
「う〜ん、それは‥僕よりイザベラ嬢の方が詳しく説明出来るんじゃないかな?」
アンドレと2人で見守っていたイザベラは、突然話を振られて驚いた顔をしている。
それをドミニクにしっかり見られたイザベラは、ほんのり赤くなりながら説明を始めた。
「えーと、アマリアはね、レイリアがレディ教育を受けている間に、恋愛相談なんかをしていて、かなり活発に行動していたのよ。だから王宮では結構有名になっていて、なんというか‥目立っていたのよね。そのアマリアの姿が見えないとなると、レイリアが寝込んでいるという口実がバレる可能性があるわ。だからアマリアが呼ばれたのではないかしら?」
「目立っていた!?私がレディ教育で苦痛を感じている間に、そんな事をして目立っていた!全く、アマリアったら!主人より目立つなんて!」
「しょうがないよレイリア。アマリアは‥大袈裟に泣く侍女だろ?大袈裟過ぎて僕は弱ったからね。本人自覚はないけどさ」
「ああ、あの時のアレね。あ!そういえば昨日のアレについて聞きそびれたわ!」
「アレ?よく分からないけど、僕は急いでアマリアを連れて戻らなければならないんだ。イネス嬢がレイリアの部屋係を買って出て、見舞いだなんだを1人で対応しているからね」
「イネスが?うわーイネスには迷惑ばっかりかけているわね。申し訳ないわ‥」
「彼女はしっかりしているから大丈夫だと思うけど、それでも1人じゃ負担は大きい。だから早く戻りたいんだ。アマリアはまだかな?」
「お待たせしました!アマリア参上ですよ」
すっかり準備を整えたアマリアは、大荷物を持っている。
アマリアは荷解きが得意だが、荷造りも得意なのだ。
「アマリア、聞きたい事はあるけど、今は我慢するわ。しっかり務めて来てよ!イネスによろしくね」
「それはお任せ下さい。でも姫様、残念ながら作戦が立てられませんでしたね」
アマリアが作戦という言葉を言った途端、ドミニクはピクリと反応した。
「作戦?ふーん、やっぱりね。レイリアは何かたくらんでいたんだな」
「ち、違うわよお兄様、レディへの近道大作戦!っていうのをちょっとね、ね、アマリア」
「そ、そうです、近道といいますか、寄り道といいますか、回り道です。なんなら左折も可です」
「‥何を言っているんだか。まあいい、レディになるには日々の努力が必要だ。イザベラ嬢、早速今日から特訓を頼むよ」
「ええ。任せて下さい、準備は出来ていますわ!」
「薮蛇だったわ‥」
元気のなくなるレイリアに、ルイスは手紙を渡してアマリアを馬車に乗せた。
「アマリアは3日に一度連れて来るから、その時までに返事を書いておくんだね。妖精の手紙を送るなら、ジョアン殿下の部屋にしなよ。今エドゥアルド殿下は、寝る時だけそこを使っているからさ、きっと見付けてくれるよ」
「分かったわ。でも、なんで自分のベッドを使わないの?まだ部屋が無いのかしら?」
「寝首を掻かれない為さ。エドゥアルド殿下のベッドには、リカルドが眠っているんだ。用心の為にね」
サラッと物騒な話が出て、レイリアは思わず顔を曇らせた。
ルイスはそれを察してドミニクに目配せをすると、ドミニクはポンポンとレイリアの頭を撫でた。
「大丈夫だ。エドゥアルド殿はきっと上手くやる。僕は負傷した事になっているからね、変装して自由に動けるんだよ。だからいつでもエドゥアルド殿の元へ駆け付けられる。レイリアも自分のやるべき事に集中しないといけないよ」
「分かっているけど、やっぱり心配なのよ。ルイス、エディにくれぐれも無理をしないでって伝えて。それと、ルイスが言う様に妖精の手紙をジョアンの部屋へ送るからって」
「分かった、伝えるよ。それじゃあまた3日後に来るから、レイリアはレディへの迷い道大作戦でも頑張りなよ!」
「さすがルイス様!迷い道がありましたか!」
アマリアはやられた!という顔をしている。
「悔しいけどセンスがあるわね。同じ大作戦でも、キラリと光る物があるわ。エンリケ作品とは比べ物にならない!」
「あら、エンリケを引き合いに出しては可哀想だわ。ルイス様、エドゥアルドに伝えて。レイリアの事はポンバル家が責任を持って預かりますから、心配いらないってね」
イザベラがそう言うとドミニクは困った顔をした。
察しのいいルイスはすかさず答える。
「イザベラ嬢、"兄さん"とレイリアを頼みます。それじゃ、また3日後に!」
ドミニクに向かって片目を瞑ると、ルイスも馬車に乗り込んだ。
見送る一同をよそに、アマリアはルイスを絶賛している。
ブラガンサの馬車はポンバル家の門をくぐって、王宮へ向かって走り出した。
王宮までの1時間、アマリアはずっと"ネーミングセンス大賞"への参加と、"察しがいい人選手権"への出場をルイスに迫っていた。
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