王室会議
翌朝早朝より、王室会議が始まった。
エディがジョアンの代わりに国王の隣に座ると、大臣達は顔色を変えてザワつき始め、中にはヒソヒソと不安を口にする者もいる。
エディは大臣一人一人の表情を、微笑みながら観察していた。
国王が立ち上がると大臣達は口を閉じ、この状況の説明を聞き漏らすまいと、固唾を飲んで見守っている。
「皆の者、今日のこの場を借りて私は宣言する。第1王子エドゥアルドの帰還に伴い、王位継承順位に従って、相応しい位置に据える事とする。そして今後は今迄第2王子ジョアンの担当していた役職を、エドゥアルドが全て引き継ぐ事とする」
国王がよく響く声ではっきりと宣言すると、途端に大臣達はどよめいた。
「陛下、突然の事で我々には理解が出来ません。ジョアン殿下は何故この場にいらっしゃらないのですか?そしてそちらがエドゥアルド殿下だと仰いましたが、ご本人である証拠はあるのでしょうか?」
大臣の1人が口を開き、その周りの数人も頷いている。
エディはその大臣達の顔を見て、事前にエンリケから聞いていた特徴と名前を照らし合わせていた。
あれがゲレイロ伯爵だな。
そしてその周りにいるのが、カルダス伯爵、サヴローサ侯爵、フェレイラ男爵だろう。
いずれもマンソンの息のかかった連中だ。
さて、どう出ようかな?
エディは微笑みを崩さず考えを纏めると、静かに立ち上がってゲレイロ伯爵を見た。
「貴方方が疑うのも無理は無い。私は10年前にカルニーデの丘に埋葬された筈ですからね。ですがそれは私と間違われた別人の遺体で、私は記憶を失くして別の場所で生きていた。そう話しても貴方方は信じられないでしょうから、貴方方の言う証拠を示しましょう。ではまず‥貴方だゲレイロ伯爵、私が偽物ではないかと疑う訳を聞こう」
自分の名前を認識していたエディに、ゲレイロ伯爵は狼狽えた。
「わ、訳ですと?いや、ですから証拠を見せて頂きたいと、私は先程から申し上げておりますが?」
「うん。貴方の言う証拠とは何かな?仮に品物を出したとして、それも偽物だと言われる可能性があるからね。貴方が納得する証拠という物を、聞かせて貰いたい」
「う、そ、それは‥」
「無いのだね?ではカルダス伯爵、貴方は何を証拠として望むのだろうか?」
「わ、私ですか?私は‥2年前に大臣になったばかりですから、殿下の昔の事はあまり存じ上げておりません」
「そうか。貴方も無いと言うのか。では貴方方はただ単に、明確な証拠を希望する訳でもなく、陛下のお言葉を否定したいだけなのだね?」
「「め、滅相も無い!陛下のお言葉を否定など、私共にはその様なつもりは、一切ございません!」」
ゲレイロ、カルダス両伯爵は、真っ青になって否定した。
サヴローサ侯爵とフェレイラ男爵は、自分達にも声がかかる前に、慌てて目線を逸らしている。
それを確認すると、エディはにっこり笑って腰を下ろした。
「私が証拠の品として提示出来るのは、母の形見のこのピアスと、陛下譲りのこの瞳に、ポンバル家特有の赤毛位だが、これだけでは貴方方は納得するまい。そこである人物に協力を依頼して、私が本人であるという証拠を示そうと思う。エンリケ、例の人物を呼んでくれ」
入口に控えていたエンリケは頷くと、一旦退室してから初老の紳士を連れて戻って来た。
入って来た人物を見た途端、大臣達は顔色を変えて皆頭を下げている。
「陛下、エドゥアルドが戻ったと聞いて、矢も盾もたまらず会いに来てしまいました。なんと喜ばしい事よ!生きてまた私の愛弟子に会えるとはな」
初老の紳士が満面の笑みで国王に言うと、国王は紳士に近寄り抱きしめた。
「久しいなラウール叔父上。全く貴方ときたら領地に引きこもって、こんな事でも無ければ顔も見せに来ないとは。なんと薄情な叔父上ではないか」
「軍を退き私の役目は終わったのです。しかし‥まだ役目がありそうですな。さてエドゥアルド、顔を見せておくれ。私がお前を見間違う筈が無いのだから」
国王が叔父上と呼んだこの紳士は、元オセアノの軍事最高責任者、前国王の弟ラウール・カスカイル公爵であった。
ラウールは早々に王位継承権を放棄し、カスカイル地方と公爵位を前国王から賜わっている。
その為通常"カスカイル公"と呼ばれていた。
「大叔父上、お久しぶりです。この通り死にぞこないが戻りましたよ」
ラウールはエディに近付きギュッと抱きしめ、無事に戻った事を確認すると、隣に席を設けさせた。
「どうやって戻ったかは後で聞こう。私の教えた剣技は役に立ったか?」
「剣技というよりは、大叔父上のお陰で忍耐強くはなりました。大叔父上の特訓は厳しかったですからね。今でもうなされる位です」
「ハッハッハ!私の特訓に着いて来れた者は、数人しか存在しない。お前と‥そこにいるファビオがその1人だ」
国王の後ろに控えた近衛騎士団隊長は、ラウールにペコリと頭を下げた。
「そう言えばエドゥアルド、あの時の傷はまだ残っているのか?私が付けたあの傷だ」
「残っていますとも。多分一生消えないでしょう。この傷の事ですよね?」
そう言ってエディは右腕を捲ると、二の腕に茶色く盛り上がった刀傷の痕を見せた。
「ああ、間違いなく私が付けた傷痕だ。あの時は少々やり過ぎたかと肝を冷やしたぞ」
豪快に笑うラウールとエディのやり取りを見て、ゲレイロ達はソワソワしながらハンカチで汗を拭いている。
エディはそれを見逃さなかった。
「ゲレイロ伯爵、今大叔父上が私を認めてくれたのだが、これは証拠となるだろうか?もし認められない様なら、大叔父上が嘘を言った事になるのだが?」
「う、嘘だなんてとんでもない!カスカイル公が刀傷をお認めになられた以上、私には何の異論もございません!先程の事はどうかお忘れ下さい!」
「ではカルダス伯爵、貴方はどうだ?」
「私にも疑う余地はございません!大変申し訳ございませんでした!」
滝の様に流れる汗を拭いながら、2人の大臣は顔色を無くしている。
他の2人は俯いて、自分達も巻き添えを食わない様、必死に我関せずの姿勢を貫いた。
「我が息子に対する疑いは晴れた様だ。肝心の議題がまだ進んでいないが、このまま進めるには顔色の悪い者が多過ぎる。明日の午後改めて招集をかけるから、今朝の朝議はここまでとしよう。皆異論はないな?」
国王の言葉に大臣達は全員同意して、それぞれに席を立ち扉へ向かった。
「ああ、サヴローサ侯爵、フェレイラ男爵!」
扉の前の2人にエディが突然声をかけると、2人はビクッと体を震わせ、恐る恐る振り向いた。
「「何でございましょう殿下?」」
引きつりながら無理矢理笑顔を作った2人は、何を言われるかビクビクしている。
「貴方方の顔も良く覚えておくよ。これから色々と世話になるだろうからね」
柔らかな笑顔を浮かべてはいるが、しっかりと2人を見据えて言うエディに、2人の背筋は凍り付いた。
そして無言で頭を下げると、逃げる様に会議室を飛び出して行く。
それを見送ると、エディはエンリケとラウールを連れて、ジョアンの執務室へ向かった。
「エドゥアルド、お前は元々策略家ではあったが、若干凄みが増した様だの。それにしても、突然手紙を寄越すから焦ったぞ。お前の事を知っていたとはいえ、猿芝居にならないか肝を冷やした」
「大叔父上は勢いがありますから、多少大袈裟でもバレませんよ。ですがこれから迎える黒幕の前では、睨みを利かせる役を頼みます」
「エドゥアルド殿下、やはり来ますかね?」
「ああ、今帰った連中は真っ直ぐにマンソンの元へ向かうだろう。我々はこれから歓迎の準備だ。ジョアンの将来の為にも、大掃除を始めねばならない」
エンリケはゴクリと唾を飲み込んで、頭の中でタイトルを付けた。
"埃を叩いて大掃除!黒幕だけに真っ黒だ"
会心の出来だ‥‥!!
エンリケは生涯最高の出来だと自負して、ポケットの手帳に書き込んだ。
読んで頂いてありがとうございます。